【おことわり】
このブログ内における文責は、すべて主宰者である一人囃子こと、中橋一弥にあります。
お気づきの点などございましたら、メールにてお知らせくださいますようお願いいたします。
例えばこんなネーミング
日本を代表するプログレ・バンド「四人囃子」を勝手にもじった「一人囃子(ひとりばやし)」のハンドルネームで、古くは草の根BBS(パソコン通信)の時代から、インターネット全盛の時代まであちらこちらに出没していました。
ただ、呼びかけられるときは本名の方が自然に感じます。
たまに、オフ会などで会った方からハンドルネームで呼びかけられることがありますが、ものすごく背中が痒いのです。
きっとぼくにはハンドネームが似合わないのでしょう(だったら名乗るなよ)。
例えばこんなパソコン
初めて買ったパソコンが、富士通のDESKPOWERでした。
これでピ~ヒョロロロ~とダイヤルアップで初めてインターネットの世界に足を踏み入れました。
それまでのパソコン通信とは違い、メールが世界中に送れること、画像のやり取りもできること、そして何より動く画像(といってもGIFアニメ)に感動したものです。
やがてホームページを立ち上げた頃は、もはや日本から撤退してその存在さえ忘れ去られようとしているGateway社のパソコンを使っていました。
OSがWindows95時代の当時としては最新・最速・最強のマシンで、CPUがPentiumII 333MHz、メモリが128MB、ハードディスクなんて8.4GBもあって「HDDがこんなにあって、いったい何を記録していくんだろう」と思っていたほどでした。
そんな古い機種なので、マシン本体には「GATEWAY2000」という懐かしい社名のロゴがついています。

その後もOSをWindows2000に入れ替え、メモリは512MB、ハードディスクも160GBまで増設、ビデオボードやサウンドボードも入れ替えて、何とか騙し騙し使ってきました。
しかし2005年9月、ようやく新しいパソコンを手に入れました!
NEC製の最新型水冷式です。
が、これがまたとんでもないシロモノで、ハードディスクはクラッシュするわ、マザーボードはイカれるわ、挙句の果てには静音が売り物の水冷式のはずなのに、トラクターがPC内で走り回っているかと思うほど「ガタガタ、ガタガタ」とうるさいこと、うるさいこと……。
最終的には返品しましたが、このあたりの顛末は旧日記のこのあたりと、どんなガタっぷりなのかは同じく旧日記のこのあたりをご覧くださいませ。
例えばこんな宝物
アメリカ旅行中に何気なく寄ったレコード店で見つけたアルバム『Two Virgins』(John Lennon&Yoko Ono)。
知る人ぞ知るジョン・レノンとオノ・ヨーコの全裸写真がジャケットの例のアルバムです。

帰国のとき、税関で見つかったら没収されるのかな、とスーツケースの底に隠して持ってかえってきたものだけに余計に愛着があるのです。
あと、80年代には一世を風靡したレコードレーベル「ZTT」のアーチストが総出演のライブを納めたLD『ZTTショウ』も大事なお宝。
今となってはArt of NoiseもPropagandaもAnne Pigalleも皆、過去のアーティスト……。
アン・ピガールの「シャンソンとロックの融合」の試みは結構面白かったんですけどね。

世界のHaruki、村上春樹のサイン本も貴重なお宝です。
村上春樹のサインは、日本語表記とローマ字表記の2つのバージョンがあるのですが、なぜかぼくが持っているのは日本語表記のバージョンのみです。

例えばこんな近況報告
何だか人生、一生懸命、テキトーに無駄に送っています。
1996年以来、ずっとHTMLタグをポチポチ手打ちで読書日記を続けてきましたが、遂にブログを始めました。
冷し中華も始めました。
ブログはブログと言うより備忘ログです。ブはどこかに行ってしまいました。
「ぼくのミステリな」と言いながらミステリはありません。この世には不思議なことなど何もないのです。
だからブログは単なる生活のヒトコマです。タチコマは出てきません。
漢字で名前を書くのがメンドーです。だからいつもひらがなで「なかはし」と書いてます。
たまに漢字変換してみると「中は死」となってしまいます。
やっぱりひらがなで「なかはし」と書いてます。
本棚に詰め込んだ本の重さで家の床が沈んでいます。
傾いた部屋のなかで本を読んでいると船酔いします。
それ以上に、いつも自分に酔っています。
やっぱり人生、一生懸命、テキトーに無駄に送っています。
例えばこんな好きな言葉
明日できることは明日やろう。
今日できることも明日やろう。
でも、できることなら何もしたくない。
例えばこんな趣味の遍歴
- 海外の放送局に興味を持ち、毎晩のようにイギリスのBBC放送や、ラジオ・オーストラリアなどを聴いていた。
手紙も出しまくり、放送局グッズを多く収集。しかし海外放送だけに誰も聴いていず、放送で名前を呼ばれても信じてもらえなかった。
これら海外放送によって洋楽に目覚める。まずはAir SuplyやBilly Joelなどポップス路線から。 - 初めて買ったレコードはLP。
『西部警察』サウンドトラック盤だった。
なぜか大場久美子のLPもある。もっと恥ずかしいLPもある。
また、「MTV」のブームにより、小学生のくせに判ったような顔をして小林克也の「ベストヒットUSA」を観まくったのもこの頃。スネークマンショーでは嫌いなオヤジだったが、「ベストヒット」では洋楽の師匠にあたる。 - ミニFM局も自宅で始めた。
学校から帰った昼間のうちに録音をし、タイマーで夜に自動送信。
カセットデッキが10連続再生可能なものだったので、24時間放送にも挑戦したことがあった。
当時もらったリクエストの手紙は、今でもファイルに綴じ、宝物となっている。 - その後、友人の家で『Who's Last』(The Who)や『Led Zeppelin IV』を聴かされ、ロックに目覚める。
しかしどこで方向転換したのか、気がつくとPink FloydやThe Moody Blues、King Crimsonなどプログレ路線に走っていた。 - 初めて買ったCDは『Pearl』(Janis Joplin)と『Power Station』だった。
(西部警察や大場久美子からだいぶ成長したものだ) - アルバイトのCD売り場で仕入れを任されていたから、自分好みの品揃えにしてしまい、随分とマニアックな店になってしまった(大学生協なのに)。
- ちなみに、初めて買ったLDは『未来世紀ブラジル』(監督:テリー・ギリアム)だった。
- 自宅で東芝のルポ(ワープロ専用機)を購入したことにより、エッセイや小説などの小冊子を作成をはじめる。不定期ながら28号まで発行したところで力尽きる
- ワープロ専用機ながら、オプションでモデムが付けられたため購入、電話回線を繋げてASAHIネットや草の根BBSなどのパソコン通信に参加した。
この頃から「一人囃子」と名乗り始めた。 - 何気なく本屋で『十角館の殺人』(綾辻行人)を手に取り、読み終わって呆然となってしまった。
「こんな小説があったのか」と。
それ以来島田荘司を始め、いわゆる「新本格推理」小説を読み漁り、ミステリファンになった。 - やがて、会社に導入されたパソコンで初めてインターネットを知った。
当時はモザイクが出たばかりだったが、パソコン上で「写真」が見られ、ネットを介して送ることもできると言うことに衝撃を受けた。
そもそも、「インターネット」と「パソコン通信」の違いが理解できなかった。
やがて第一号機となる富士通のDESKPOWERを購入し、1996年暮れには予定もしていなかったホームページの立ち上げを、ただ何となく「やりたくなって」行った。
