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第3回 世界バカミス☆アワード(青山ブックセンター本店)

今年も、青山ブックセンターでバカミスの祭典「世界バカミス☆アワード」が行われるということで、昨年に引き続いて参加してきました。
第3回 世界バカミス☆アワード(青山ブックセンター本店)

司会進行は、「バカミスのエバンジェリスト」小山正さん、「バカミスト」川出正樹さん、「『マトリックス』をワイド画面で引き延ばしたような(by 小山さん)」杉江松恋さんの3名に加え、今年は日下三蔵さんも入った4名で行われました。
ここにゲストの倉阪鬼一郎さんと駕籠真太郎さんの2名が加わる訳です。
第3回 世界バカミス☆アワード(青山ブックセンター本店)
そして、さらには次のような豪華メンバーが「特別審査員」として参加していたのでした。

  • 霞流一(「バカミスと言えば、この人」)
  • 新保博久(朝日新聞に「笑えるバカミス」を掲載)
  • 鳥飼否宇(今日のために奄美大島から駆け付けた!)
  • 日暮雅通(鳥飼否宇と共に昨年のゲスト)
  • 宮脇孝雄(第1回のゲストにして、クライブ・バーカー『ミッドナイト・ミートトレイン』の翻訳者)

始まる前に、まずは選考方法についての説明です。
例年はmixiのコミュニティ内だけで候補作の公募がされていたのですが、今年は“開かれた環境”をめざして、Twitterでも公募を行っていました(「やっぱり“世界バカミス☆アワード”だからね」とのことで、オバマ大統領でも投票はウェルカムだったそうです(笑))。
その集計の結果、内外の40作品が「第1次選考」として選ばれ、さらに2次投票の結果、上位12作品が残されました。
その後、小山正・杉江松恋・川出正樹・日下三蔵の各氏により激論が交わされた上で、最終候補作として5作品が選ばれたそうです。
しかし今年はさらにネット投票も実施、選出済みの5作品以外のものが上位に入ったら、それも足すということになり、その結果、ネット投票枠から1作品が選ばれたそうです。
こうして、計6作品が「第3回 世界バカミス☆アワード」の候補作品が決定したのです。

その6作品をプレゼンする前に、まずは惜しくも最終選考から漏れてしまった6作品が駈け足で紹介されました。
いやー、しかしバカミスを紹介してもらうのって、どうしてこんなにワクワクしちゃうのでしょうねえ。
聞きながら、もうニタニタ、ヘラヘラ、気色悪い顔になっちゃって、申し訳ありませんです。

獅子宮敏彦『神国崩壊―探偵府と四つの綺譚』(原書房)
架空の国の歴史を作りあげた4つの短篇からなる作品だが、とにかく3作目となる表題作が素晴らしい。どうしてこのような作品を考え出してしまったのか……。
もちろん他の短篇も素晴らしいのだけど、この作品だったら抱かれてもいい(笑)と思えるぐらいに抜きん出ている。
パブロ・デ サンティス『世界名探偵倶楽部』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
1889年に行われたパリ万博に合わせて世界中の名探偵が集まるが(この時点で清涼院流水を彷彿させる)、事件が発生し、それぞれが活動を始めるのだけど……ミステリとしての「探偵と助手」の関係性に焦点を合わせた物語。
「助手はどうすれば名探偵になれるのか」というあたりがメタになっている。
平山夢明『ダイナー』(ポプラ社)
ハンバーガー小説(笑)。
殺人鬼が集う「殺人レストラン」でウェイトレスとして働くことになった女性の、純愛と成長の物語……で、とにかくお腹が減る。しかしそこは平山夢明、もちろんビチビチグチャグチャな描写もあるので、死体を見ながらご飯を食べるような……。
特筆すべきは、レストランに集う殺人鬼たちが皆、変な特技や性格、肉体改造をしているところ。
これはもう「山田風太郎忍法帖」だ。
詠坂雄二『電気人間の虜』(光文社)
とても紹介に困る作品であり、読者によってラストは賛否両論分かれそうな大変な問題児。
どれほど困った作品かというと、以前に綾辻行人が「作中にぼくの名前が出てくるんですよね」と困ったような顔をするほどの困った本(会場内爆笑)。
カール・ハイアセン『迷惑なんだけど?』(文春文庫)
重すぎる母親の愛に困る男の子の物語。
この母親は正義感が強いあまり、男の子が目を離すとすぐに、ルールを守らない人に「お仕置き」を仕掛けるというもの。
エリック・ガルシア『レポメン』(新潮文庫)
近未来、臓器移植の申し込みがスーパーマーケットでも気軽に行われるようになっている世界。
しかし、臓器移植のローンが支払えなくなると、移植された臓器を取り返されてしまうというルールになっている(今だったら借金を返せないと「臓器売ってでも」と言われるけど、それが問答無用で行われる)。
かつて、その取り立て屋だった男が主人公の物語。
臓器を取り立てるということで、ビチビチグチャグチャな描写はあるけれど、ホロリとさせられる。

惜しかった作品は以上の6作品でした。
そして、ここからいよいよ最終候補作の紹介に入ります。

ドゥエイン・スウィアジンスキー『解雇手当』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
前回も『メアリー・ケイト』でエントリーしたこの作者が再びのノミネート。
休日の朝一番に、社員を会社に呼び出した社長が「君たち全員を殺す」と宣言、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄となる……という“なんじゃそりゃ”な物語。
全員協力し合って脱出すればよさそうなものなのに、誰もそうしないし(笑)。
あらすじ紹介には、ハイパー版『そして誰もいなくなった』 とあるが、どちらかというと『バトルロワイヤル』でしょう、それもいい大人たちの(笑)。
日暮雅通「ラストが言えないのがつらいなー」
ちなみにこの作者、こうしたバカミス以外にもビジネス書が出版されている。
それが、ソフトバンククリエイティブから出版された『ヌスムビジネス』というもので、内容は“産業スパイになる方法”。
と言っても、「高層ビルからどのように脱出するか」などと、日本では絶対に役立たないが(笑)。
ジョシュ・バゼル『死神を葬れ』(新潮文庫)
かつてマフィアの殺し屋だった研修医が主人公。
メディカルミステリというよりも、ぶっとんだキャラクタ造形が楽しい。
ギャグ満載の現在のエピソードと、シリアスな殺し屋時代のエピソードの対比が素晴らしい。
しかし本当に何気ないところで、ミステリとしても大きな伏線が張られていたりするので、ギャグやオフビートに目を奪われていると、「おおっ!」と驚かされること必至。
杉江松恋「註釈小説としても読める作品で、各章に『アメリカの製薬会社の営業は色仕掛けで医師を篭絡しようとするのがあたりまえ』のような豆知識が書いてある。全体的に能天気で、同じ医師作家でも日本の医療ビジネスについて悲観的なことしか書かない海堂尊とはだいぶ異なっている」
飴村行『粘膜蜥蜴』(角川ホラー文庫)
戦前の日本のイヤな時代の物語。唯一史実と異なるのは、トカゲ人間が存在していると言うこと。
東南アジアのトカゲ人間の国を日本が征服したため、彼らは日本に連れてこられ、下男や労働力として働かされている。
もともとトカゲ人間は、人間の脳を食べるものだが、有力者の息子の自宅で働く下男のトカゲ人間“富蔵”は日本生まれの日本育ちのため、ご飯と味噌汁しか食べず、その上軍国少年で将来は日本の兵隊さんになるのが夢という……。
こうした第1部が突然に第2部になるとまったく趣向の変わった「南方秘境小説」となり、第3部でそれまでのエピソードが融合することで、大きな愛が産まれるという物語。
小山正「第2部なんて小栗虫太郎の冒険小説を彷彿させて、ワクワクさせられた」
駕籠真太郎「当たり前のようにトカゲが登場して、誰も疑問に思わないところが“昔話”のような感覚。だからか、残酷描写もおとぎ話のよう」
マット・ラフ『バッド・モンキーズ』(文藝春秋)
杉江松恋「全米が泣いた……俺のなかでは」
精神科医に尋問を受ける少女と、バッド・モンキー(悪しき者)を葬る活動に勤しむ少女のストーリーが交互に語られる。
ブルーワーカーとして社会の底辺で誰にも信じてもらえずに生きなければならない、それでも自らの信念を貫く人間というハードな側面と、バッド・モンキー(悪しき者)を葬る武器が「オレンジ色の光線銃」というおバカさの対比に、「オースティン・パワーズ」のような、“バカが世界を救う”小説を見た思いがする。
駕籠真太郎『フラクション』(コアマガジン)
連続輪切り魔が登場するエピソードに、作者自身が登場してミステリ論を語るエピソードが交互に組み合わされる。
この作者のエピソードが、「作者」対「読者」という特殊な構造となる。
通常、ミステリでは一般的には「探偵」対「犯人」だが、それを「作者」対「読者」の次元まで引き上げているところが素晴らしい。
あとは絵のインパクトとトリックに、読了したら1日はボーッとしてしまう。
読書会では語り合える楽しさもあるから、友情をはぐくめる作品でもある。
霞流一は、同書内での「特別対談」のときは、製作上の関係で、まだ『フラクション』を読んでいなかった。
後日、献本として送られてきた同書を初めて読み、「先に読んでいたら自信喪失して対談は引き受けなかった」とか。
20世紀のバカミスの聖典がカーの『魔女の笑う夜』だとすれば、『フラクション』は21世紀の聖典であってもおかしくはない程の作品。
倉阪鬼一郎『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』(講談社ノベルス)
日下三蔵「……どこまで言ってもいいのかなー(困)」
全部で190ページあるうちの80ページが解決篇と、異常なほどに解決パートの比率が高いのも特徴。
倉阪鬼一郎「この本は文庫にはできないでしょうねー」
これだけのものを書く労力を考えると、1冊分の収入では合わないのではないだろうか。しかも文庫化もできないとなると、さらに合わない……。
鳥飼否宇「これだけのものだと、校正も大変だったのでは?」
倉阪鬼一郎「講談社ノベルスでの字送りのルールがあるのを知らずにいたため、初校は真っ赤になってしまったが、そこを指示することで再校ではピタッとおさまった」

ここで最終投票に入ります。
特別審査員と観客には、あらかじめ投票用紙が渡されてあり、最終候補作6作品のなかから「この本を読みたい」と思ったものを選びます。

集計結果を待つ間に、ゲストへのインタビューとなりました。

【倉阪鬼一郎】
初めて「バカミス」を意識して書いたのは『四神金赤館銀青館不可能殺人』。
確かに、それまでの作品でもネタとしてバカミス的なものもあったが、“アッパー系”ではないから……(会場内爆笑)。

ピーター・ディキンスンの『盃の中のトカゲ』を読んで、伏線さえ張っていれば、何をしてもいいんだ、読者は許してくれるんだなと学習した(笑)。
本格ミステリと言うよりも、だまし絵が好きだ。
ひとつひとつは魚や野菜なのに、全体で見ると人間だったというようなもの。
このような、どうでもいいと思われそうな細かいことを丁寧に描いていって、最終的には全然異なるものを描くものが好き。

『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』を書くのは、確かに最初は大変だったが、根を詰めれば仕掛けは描けるもの。
昔、出版社の校正を朝から晩までやっていたときに比べると、この作業は格段に楽しい。
根さえ詰めれば仕掛けはできるけど、その仕掛けを必要とする理由付けの方が難しい。
『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』も、最初からここまではしていなかった。
『四神金赤館銀青館不可能殺人』と比べるとちょっと弱いかなとドンドンと足していっていたら、ここまでになってしまった。

もともと幻想小説などは読んでいたが、ミステリを読むようになったのは30を過ぎてから。
岡嶋二人が引退した頃で、「席が空いているに違いない」と友人と合作して乱歩賞に応募しようということになり、色々と勧められたもの読むようになった。
ちなみにその友人は、今は作家ではなく、カタギの仕事をしている。

【駕籠真太郎】
もともとミステリは好きだったが、ここまで1冊まるまるミステリの作品というものは初めて。
ただし、好きといっても、正統派の本格ミステリよりも、バカミスや叙述モノなど変則的なジャンルのものがいい。

今回は、もともと1冊出版することになっていて書き下ろしで出したかった。 内容も、せっかくだから自分の好きな変則的なミステリで行こうということで、このような作品になった。 マンガでミステリといえば、金田一少年やコナンなど、キャラクタものが主流だが、自分はそういったキャラクタが苦手なので、「キャラクタに頼らないミステリ」を描こうと思った。

マンガを描くだけでなく、様々なグッズなども作成している。 (ご本人のホームページでも販売中)

  • 「バラバラ死体」のガチャポン
    手とか、足とか、バラバラに切断された人体のパーツだけが入っている
  • 泳ぐ水死体
    水死体の人形の腹に水中モーターが取り付けてあるもの
  • ジオラマ
    ゴミ袋に死体を入れて収集所に出しておいたらカラスに漁られてゴミ袋が破け、なかの死体が出てきている様子のジオラマ

ちなみに「バラバラ死体」のガチャポンが置いてある場所は、おそらく「バラバラ死体 ガチャポン」で検索すると見つかるでしょう……とのこと。

そしていよいよ投票の集計ができたようです。
栄えあるアワード受賞作が小山正さんにより発表されました。

第3回 世界バカミス☆アワード 受賞作
倉阪鬼一郎『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』(23票)
駕籠真太郎『フラクション』(21票)

今回は非常に僅差ということで、同時受賞となりました!
おめでとうございます!
記念品は、ポスターの図柄がアクリル板でとじられた盾(のようなもの)です。 第3回 世界バカミス☆アワードの盾(のようなもの)

他の作品への投票数は以下のとおりです。
ドゥエイン・スウィアジンスキー『解雇手当』(5票)
ジョシュ・バゼル『死神を葬れ』(4票)
飴村行『粘膜蜥蜴』(5票)
マット・ラフ『バッド・モンキーズ』(6票)

その後は、えへへへ、いよいよサイン会なんですよ。
こちらが駕籠真太郎サイン入り『フラクション』です。
駕籠真太郎サイン入り『フラクション』
ご本人は作中に登場するとおりの方なのですが、素敵な方です。決して……(おっと、ネタバレ寸止めだ)。

続いては倉阪鬼一郎サイン入り『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』です。
倉阪鬼一郎サイン入り『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』
サインを書きながら、「あれ? 以前にもサインしたことありませんでしたっけ」……って、それ、もう10年以上も前になるMYSCONのときですっ!
うひゃー、覚えていてもらっていて、なんとまあ、大感激です。
感激の余りに調子に乗ってしまい、疑問に思っていたことを訊いてみました。

『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』のなかで、「ある作品では、参考文献がミスディレクションになっている」と書かれていましたが、どの作品ですか?
(ちなみに「著者の言葉」と「著者近影」がミスディレクションになっているのは……同書ですよね?)

「そんなこと、教えられません! 自分で探してください!」と、けんもほろろに断られたらどうしよう……とドキドキしながら訊いていたチキン野郎なのですが、いえいえ。
にこやかに「ああ、あれは『無言劇』なんですよ」と教えていただけたのでした。
「誰も気付いてもらえなくてですねー」と、これまた作中人物と同じことをおっしゃられていたので、なんだかメタな気分に。
しかし『無言劇』とはまた意外な作品でした。家に帰って早速確認しようと思ったのですが……ひぇー、本がどこにあるのか判らない……。
すみません、改めて探しておきますです。

超絶的なバカミス、駕籠真太郎『フラクション』

もう、かれこれずっと「すごいよ」「すごいよ」というウワサばかりを聞かされていたので、とてもとても気になっていたのでした。駕籠真太郎『フラクション』。
しかしなかなか本屋で見かけないのです。
そこでネット書店でお取り寄せ注文をしたのですが、これがまた1冊だけだとメール便扱いになって、なかなか届きません。ウキー!
やきもきすること数日、ようやく届きましたよ。
もう会社から帰るやいなや、着替えもせずに即効で封を破ってむさぼるように読んでしまったのでした。

読了後の第一声が、「うあぁぁぁー、いったい何、コレ!」。
イヤ、もう、ホント、コレぐらいしか最初は言葉が浮かびませんって。
読後も唖然ですよ、唖然。AZEN。
スゴイのなんの。
これはもうウワサに違わず、あまりに想像を絶するバカミス中のバカミス。バカミスナンバーワンの称号を授けたいです。

どう説明したらいいんでしょうかねえ。
“マンガであることを最大の武器としたぶっ飛び方”でしょうか。
このラストに、読んだヒトは大爆笑するか、それとも大激怒するか、二者択一、どちらかでしょうね。
それほどまでの、あまりに凄まじい大バカぶりがラストで炸裂しているんです。

でもこれ、ラストでの一発オチかと思いきや、よくよく読み直したら、そんなこと全然ないのですよ。
ストーリー上でちゃんと伏線が張ってあるのですね。
そもそも、そのストーリー展開が素晴らしい。
物語が「連続殺人のエピソード」と、「作者自身がミステリについて語る」と、2つのエピソードが交互に組み合わさって構成されているのです。
もうこれは、マンガ界の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』ですよ!
(なんだ、それは)

この2つのエピソードが交互に語られていくことで、うまく物語は最後に向けて大きく収束していくのですね。
といっても、その収束があの「うああ!」と雄叫びを上げてしまうようなアレなんですが。うああ!
なにしろ、「主人公がうたた寝してしまった間に、バイト先の同僚女性が風呂場で胴体切断されていた」のに、「次の日、バイト先のタイムカードが押されてあり出勤した形跡がある」……って、これ、すごい展開ですよね。
ね、ね、ね、そうでしょう。
しかもこの主人公、犯人と思しき人物と取っ組み合いをして、気絶させられた一瞬の間に、この犯人らしき人物も胴体切断されちゃっているのですから、もうドッキドキなんですよ。
ところが!
その真相が……ぶわっはっは。なんてことなんですか、アレでしょう。アレ。
ああ、言いたい。このあまりのおバカっぷりをここでぶちまけて皆と笑いあいたい!

しかしこの作品、このオチというか、ネタというか、アイデアはぶっ飛んでいて確かにインパクトはあるのですが、どこかおかしいのです。
どうしても、物語の辻褄が合わないのですね。
「ははぁ、きっとこれは、作者が強引にオチをつけたからなのかぁ……」と思ってしまったのですが、いえいえ。
ちゃんと読み返すと、ウッヒョー!
これって作者が物語自体に大きな仕掛けを施していたんですよ!
その大仕掛けが「違和感」となって、最後の最後になってようやく明らかになるという……すごい贅沢なつくりになっているのですよ。
もうスゲーの、なんの。
ああ、言いてえ、メチャクチャこの内容を言いてえー。

そうですよ!
もう1人でも多くのミステリファンに、このバカミスナンバーワンの作品を読んでもらって、このあまりのバカさ加減と、しかし丁重に積み重ねられた伏線の数々、そして物語全体に仕掛けられた作者のトリックを、大いに語り合いたいものです……うずうず。

初野晴『初恋ソムリエ』はやっぱり表紙と帯で損をする

「青春ミステリ」という表紙と帯に、危うく読み飛ばしてしまうところだった初野晴の『退出ゲーム』。

そのシリーズ続篇が、『初恋ソムリエ』として帰ってきましたよ!
そろそろ発売されている頃だと、先週金曜日、会社帰りに丸善の丸の内本店に立ち寄ってきました。
2階のミステリ書籍のコーナーを覗いてみたのですが……ありません。
平台にも棚にも、初野晴の新刊として『初恋ソムリエ』が並ばず、出ていないのですね。
まだ入荷されていないのかなぁ……と『初恋ソムリエ』は探すことを諦め、他にも何かおもしろそうな本はないかなと、店のなかを歩きまわっていたのです。

すると……あれ? あった、あった、ありましたよ!
『初恋ソムリエ』がちゃんと平台にドッサリと積みあげられているではありませんか。
文芸書の女性作家コーナーに山積みの初野晴『初恋ソムリエ』

ところがこれ、この本が積み上げられてあるのはミステリ書籍コーナーではなく、文芸書コーナーなんですよね。
しかも、そのまわりに置かれてある本を見てもらえば判るかと思いますが(角田光代、本谷有希子、山崎ナオコーラ、原田マハ……)、ここって「女性作家のコーナー」なんですよ……。
いや、そりゃまあ確かにこの表紙と帯のデザインだと、「女性作家のイメージ」という感じがしますけどね……。
女性作家の作品といってもいいデザインの初野晴『初恋ソムリエ』

でも著者近影をみたら、初野晴って紛うことなき男性作家なんですけどねー。
ぼく、間違えてませんよね?
心配になってきたので、念のため「初野晴」をキーワードにGoogleイメージ検索をしてみました。
すると……えっと……

どなたなのでしょうか、この方……?
「初野晴」で検索すると表示された方

丸善の担当者の方、Google画像検索で表示されたこの方を見て「ああ、初野晴って女性なんだ」と判断されたのでしょうか。
いや、まさか……。

しかし初野晴って、表紙デザインと帯に縁がないですよね。
前作の『退出ゲーム』だって収載されたどのエピソードも、緻密に組みあげられたロジックの美しさに「本格ミステリ」としての傑作を感じさせられるほどの作品なんですよ。
なのに害のない表紙デザインやあまり引き込まれない帯の推薦コメントに、単なる「ラノベ感覚の青春ミステリ」という雰囲気しか感じられなかったのですね。
講談社ノベルスから出た『1/2の騎士』だって、あのデザインで内容が本格ミステリだなんて思えませんって。
どんなファンタジーものだと思っていたんですね。
それだけにどちらの作品も、肝心の読者層にアピールが届いていないのではないかと、思ってしまうのです。

今回の『初恋ソムリエ』なんて、ついに「ミステリ」というジャンルからも外れて文芸書扱いとなり、さらには作者が女性とまで思われてしまったなんて……嗚呼。
角川書店さん、このデザインでは販売戦略がかなり明後日の方角を向いてしまってもったいないことになっているのではないですか……などと、余計な心配をしてしまうのです。

これまでにも有川浩柴田よしき桜庭一樹が男性作家と間違われているのを見てきましたが、「男性作家を女性と間違える」というケースは初めて見たかもしれません。
(デビュー当時の北村薫の場合、覆面作家だったから仕方ないですよね)

ちなみにこの『初恋ソムリエ』は、丁寧にも女性作家コーナーの棚にも1冊、ちゃんと挿されてあります。
やっぱりこれ、素で間違えているっぽいですよね。
素で初野晴を女性作家と間違えているっぽい

“素で間違えている丸善”といえば、以前にも芥川賞作家の磯崎憲一郎の“崎”の字を間違えたままずっと、POPを張り出していたこともありました。
うーん、いろんな意味で大丈夫なのでしょうか、丸善丸の内本店……。
まさかジュンク堂と合併するということで社内が大揺れに揺れていて、「作家の字体とか、男性とか女性とか、そんなこと知らねぇよ! こっちはそれどころじゃないんだ!」となってしまっているとか。
いや、まさかそんなことではないですよね……?
(ゲスの勘ぐり)

中村佑介のイラスト画集「Blue」のマウスパッド付サイン本

森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』は、その小説作品の面白さもさることながら、やはり小説の世界観にピッタリの表紙イラストがまた、読者の想像力を高めて、相乗効果的に面白さが膨らんでいったのではないかと思うのですね。

例えば、あの表紙が単に抽象的なオブジェとか絵だったら、あそこまでのワクワク感もなく、手にとって読んでみよう!という気持ちにはあまりならなかったのではないかと思うのですね。

その表紙イラストを描いたのが中村佑介という新鋭のイラストレーターだそうです。
本好きにとっては、彼のイラストは森見登美彦や石田衣良、創元推理文庫からの江戸川乱歩などでもおなじみなんですが、音楽ファンにとってはASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDジャケットの方が、馴染みがあるそうですね。

あと、すっかり勘違いをしていたのですが、有川浩の『植物図鑑』は、中村佑介ではありませんでした。
……というか、では、これは誰?

その彼の作品を一同に介したイラスト画集「Blue」が発売されたのですね。
これがもうかなりいいのですよ、いい。ステキ。素晴らしい。ワンダフル。
彼独特のタッチによる世界観に包まれた全175ページの作品のひとつひとつが、もう見ていて全然飽きないのですね。
ここに描かれている女の子たちは、ノスタルジックだったり、切なさを感じさせられたり。あるいは逆に見ているこちらを元気づけてくれたり、その立ち振る舞いの格好良さに打ち震えさせられたり。
発売当初からずっと「欲しいなあ」「欲しいなあ」と思い続けていたのですが、お値段がお値段だけに、なかなか買うところまではいかず、いつも立ち読みでお茶を濁していたのでした。

ところが。
今日、丸善の丸の内本店に行ってみると……あれ?
もともとこの画集はサンプルの1冊を除いて、すべて立ち読みされないようにシュリンクが掛けられてあるのですね。
しかしどう見ても、平積みされてあるなかで上の2冊だけ様子がおかしいのです。
よくよく見てみると……「サイン本」って……これ……。
赤ボールペンによる走り書きがシュリンクの中に封入されてあるのです
まさかまさかの「赤ボールペンによる走り書き紙片」がシュリンクの中にひらりと入れられてあったのですよ。
しかもそのうちの1冊は、「特製マウスパッド入り」なんて書いてあるのですよ。
赤ボールペンによる走り書き「特製マウスパッド入り」とは、いったい何……

サイン本というのは判るのですが、「特製マウスパッド入り」というのはいったいどういうことでしょう。しかも1冊だけ。
メチャクチャ気になるではありませんか!
そんな訳で辛抱たまらず、結局、買ってしまてちるのでした。
そうなんですよ、何だかんだ言いつつも、「欲しいなあ」と思っていた本って、最終的にはいつの間にか手にしているパターンって、多いと思うのですね。
これが運命の出会いってやつなんでしょう(← 違うと思います)。

シュリンクをバリバリバリッ!と豪快に破り取ると、なかからまず出てきたのは……出たっ! マウスパッド!
表紙イラストと同じ作品が描かれてあるマウスパッド(もったいなくて使えません)
光学式やレーザー式のマウスでもちゃんと使えそうな薄型タイプなんですよ。
ちょうど会社でマウスパッドがなくて滑りが悪いよなあ……と思っていたところだったのです……が、いえいえ。
もったいなくて使えませんって。

そして、中村佑介のサインは……と見てみると……ウワオウ!
イラスト入りの豪華なサインが中扉にドーン、と描かれてあるのですよ!
ヘイ、そんな寂しそうな顔して泣かないでおくれよ、ハニー……。
中村佑介『Blue』のサイン

ところでこの画集、きっとCDジャケットをイメージしてつくられていると思うのですね。
だから判型もも正方形に近い変形判であるうえ、さらに厄介なのが「帯」。
通常よくあるような「腰巻き」タイプではなくて、CDシングルに付いているような「1枚の用紙」+「帯部分をはみ出させて折り返し、“帯”のように見せかける」タイプなんです(説明しづらいなあ……)。
とにかく、いろんな意味で本棚に置いておくことができない危険な本であるということなんですね。
この本、今後は「帯付き」であることが、何よりも重要な本になるに違いありません。
どうやって保管しよう……とほほほ。

【追伸】
有川浩『植物物語』の表紙イラストは誰?と書いたところ、早速「カスヤナガト」作品であることを教えていただきました。ありがとうございます!
(実は調べようと思っていましたが、積み上げられた山のどこかに本が埋もれてしまっていて、確認することができませんでした……)
ちなみに「カスヤナガト 中村佑介」で検索してみたところ、やはり同じように有川浩『植物物語』のイラストで混乱してしまっている方が他にもいる模様……。

日経新聞の読書欄で壮絶なネタバレ紹介

【ご注意】
今日の日記は、小泉喜美子『弁護側の証人』の趣向をばらしてしまっています。
未読の方は原作の超絶的な面白さを損なってしまう畏れがありますので、ご注意ください。
(特に写真の新聞記事は、壮絶なネタバレをしているので決して見ないでください)


いつも会社でお昼ご飯をもぐもぐ食べながら、その日の新聞を読むのが日課なんです。
が、今日は新聞休刊日。
ああ、そうなのか、仕方ないね、と日曜日の新聞を読んでいたのでした。
すると、真ん中あたりのページにある読書欄。
片隅に囲み記事があり、大きく

市民権得た「叙述トリック」

なる文字が躍っているんです。
日曜日の読書欄に掲載された日経新聞の記事

実はぼく、ミステリ好きを広言しておきながら、アリバイトリック(なかでも時刻表トリック)や密室トリックが苦手なんですね。
何しろ文字であーだこーだと説明されていても、まったくその情景が思い浮かんでこないんです。
そんなミステリの屋台骨となるトリックが苦手で、「いったい何を読んでるの?」と自分でもビックリしてしまっているほどなのですが、叙述トリックだけはもう大好きな大好物なんですね。
あまりの大好物ぶりに、叙述トリックだけでご飯はどんぶりに5杯はいけるほどなんですよ!(← 無理です)

この記事はきっと「叙述トリックとはなんぞや」といった、ミステリ初心者向けの解説なのかな、と読み始めたところで……ぬおおおーっ!
なんと、これ、小泉喜美子『弁護側の証人』を紹介している記事だったのですよ。
冒頭からいきなり

本書は、著者が読者に対して仕掛ける「叙述トリック」を駆使した先駆的な作品。

って、ネタバレ・レッドゾーンを軽く振り切っちゃうほどの紹介をしちゃってますよ。
しかも、これ、やはりミステリ初心者に向けた紹介記事だからか、わざわざ

本作に仕掛けられた叙述トリックという技法は、例えば「若い男だと思われた人物が実は老女だった」というようなどんでん返しの技。

などと、懇切丁寧にネタの解説をしてしまっています……が、これはダメでしょう。
だって、この本のあらすじ紹介では「驚くべきどんでん返しがあなたを待っている!」的な惹句が謳われているのですよ(すみません、復刊本が手元にないので、正確な言葉を覚えてないんです。そんなニュアンスだったということで)。
すると読者としては、もうすでにこの時点で「驚くべきどんでん返し」=「誰か作中の人物が入れ替わっている」と、自然にネタバレの方向で考えてしまうと思うのですね。

そして、この記事で最大のダメダメっぷりを発揮したのが締め。
この記者は自分の言葉だけでは説得力がないと思ったのか、虎の威を借りようとして、いきなり道尾秀介の解説文を引用しているのですよ。
しかしその引用方法が最低最悪なんです。
もうここまで来ると、この記者はどんなスットコドッコイなんだ、と……。

そもそも、道尾秀介は解説文で極力読者に予備知識を与えないよう、また少しでもネタを連想させてしまわないよう、かなり苦心して書いているところが伺えるほどなんですよね。
肝心のネタをぼかしながらも、的確な例えで、判る人には「なるほど!」、判らない人には「どういうことだろう、とても気になるよ!」となる名解説だと思うのですね。
それをこのスットコドッコイ記者は

解説の最後を、道尾はこう締めくくっている。「驚きや感動とともに教えられた『下絵の技』を、少しでも引き継いでいければ、といつも願っている」。道尾が「下絵の技」と例えた叙述トリック。

何ですか、その格好付けた体言止めは。
いや、別に格好付けて体言止めでもいいんですが、それ以前に、せっかくの道尾秀介の配慮をメチャクチャ踏みにじっているではないですか。
わざわざ道尾秀介が「下絵の技」とぼかして書いているのに、どうしてそんなに堂々とバラしちゃうのかなー。
もうね、いったいこのスットコドッコイは何を考えているのかと。

しかも、このスットコドッコイは道尾秀介の解説文のなかの「下絵の技」という言葉だけを抜き出しているものだから、まるで「叙述トリック」が物語の土台(下絵)となっていて、その上にはさらに大きなトリックが描かれているような、そんな構造さえ想像しちゃうのですよね。
いや、これは全然違うのですよ。

自分の文章のなかだけでネタバレしちゃって「やっちゃったぜ、ゴメンね」というのならまだしも(それもいけませんが)、ネタバレどころか、まったく関係ない道尾秀介の配慮をも踏みにじっているわ、いい加減な引用をしてまったく違った意味に捕らえかねないことをしてるわ……と、もう散々なんですよね、この紹介記事は。

これまでにも、ネタバレ解説や紹介記事で散々「こらぁぁぁーっ!」と怒りを感じたことも多々ありますが、ここまで酷すぎて怒りよりも先に呆れてしまった記事は、初めて見たかもしれません。
日本経済新聞、略して日経新聞、恐るべし。

「怒りよりも先に呆れてしまった」といいながらも、気が付くと、かなりエキサイトしてしまいました。
お見苦しい点があったことを、深くお詫び申し上げます。
誠に申し訳ございません……。

本屋でトイレットペーパー

本屋さんなのに、平台にトイレットペーパーが山積みなんです。
本屋さんにトイレットペーパーが山積みですよ

というのも、これ、鈴木光司の新作で『ドロップ』という作品が中に印刷されてあるそうなんですが……

これでケツ拭いてもいいのでしょうか?

ちょっと……どころか、かなり抵抗あるんですよ。
印刷されている内容が“ホラー”だから、そんなものでケツなんて拭いたら罰が当たりそう……とか、そういう訳じゃないんです。
そもそもトイレットペーパーに、こんな人の顔なんて浮き出ているんですよ。
このヒトの顔でケツを拭けますか?

このヒトの顔でケツを拭くのですよ。
ヒトの顔でケツを拭くって……あなたはそんなこと、できますか?
……グワー、ぼくにはそっちの方の趣味はありませんので、絶対にできませんです。

あ、それともロール本体にはこんな顔は印刷されていなくて、ただ、本文だけが印刷されているとか?
それだったら安心してケツも拭けますね!
(って、ずっとケツが拭けるかどうかの心配ばかり ←だってトイレットペーパーなんだもん)

しかし、文章はいったいどう印刷されているのでしょうね。
向きがあると思うのですよ。
ロールが、使用者から向かって右に設置されるのと、左に設置されるのと、正面に設置されるのとでは、文章の流れ方をペーパーの引き出す方向にあわせる必要があると思うのですが……。
そう思いながらよくよく見てみると……あれ?

本文が透けて見えてました
顔の部分から文字が透けて見えてるー!

この方があまりに色白のため、顔面に中身の本文が透けて見えていたのでした。
アナタ、これじゃまるで耳なし芳一だよ……。

でも、これで文章の方向がよく判りましたよね。
「ペーパーを引き出す方向に対して、縦書き」ですね!
トイレットペーパーが、使用者から向かって「右」に取り付けられていようが、「左」に取り付けられていようが、真っ正面から引き出すのと同じ方向の「縦方向の縦書き」なのです。

そして、さらにその後、情報をいただきました。

原稿用紙5枚程度のショートショートですし、ちゃんと番号も振ってあるので、
紙が物語の途中でも、カラカラっと出せば、またすぐに冒頭になりますよ。

とのことです。
なるほど!
もし前の使用者が中途半端なところで読み終わっていても、大丈夫ですね!

……と思ったところで、あれ?
ここでさらに新たな疑問が。

ロールの最後はどうなっているのでしょうか。

ちゃんと物語が終わったところで紙がなくなっていればいいのですが、肝心のオチに至る前に紙が終わってしまったら……嗚呼。
そして、新たなペーパーを補充しようとしてトイレットペーパーの予備がないとしたら……嗚呼。

これはホラーな体験だ。

プロジェクトA(有吉佐和子)、始動

遂に「プロジェクトA」が始動したのですよ。
始動した「プロジェクトA」

「プロジェクトA」といっても、ジャッキー・チェンはまったく関係ありません。
正式名称は(どうやら)「プロジェクトA(有吉佐和子)」といいます。
猿岩石も関係ありません(有吉違い)。
熱いメッセージが響いています

そんな訳で、ぼくも微力ながら

ある日、ミステリにはまったく興味がない友人から「これ、絶対にハマるから」と、有吉佐和子『悪女について』を勧められたのです。
有吉佐和子って、あの『複合汚染』『恍惚の人』といった社会派の作品を書いた作家でしょ。しかもこれ、ノンフィクションじゃないの? 社会派路線を軸としたノンフィクション作品って興味ないなあ、ぼくが好きなのはミステリ小説だし……と戸惑っていると、「ミステリ好きだからこそ、絶対にハマるって!」。

あまりの強い勧め方に断りきれず、帰り道でつい、その『悪女について』を買ってしまったのでした。家に帰ると早速読み出したのですが……ウワ、何ですかこれ! スゴイのですよ、スゴイ!
ひとり興奮しながら、読む手が止められなくなったのです。まさに友人のいう「この本にハマってしまった」状態に陥ったのでした。

物語は、“希代の悪女”と呼ばれた女性の半生を描き出すものです。
しかし単なる伝記小説ではありません。実に27人もの関係者の証言だけで物語が構成されているのです。
下手するとこれ、ものすごく単調になってしまうのですね。インタビューの羅列なのですから。
しかし有吉佐和子は見事なストーリー展開を用意して、読者がページをめくる手を止められなくしているのです。

例えば、彼女の行為を傍から「彼女を尊敬する人間」と「彼女を嫌う人間」が観た場合、それぞれまったく異なった行為のように見えてくるのですね。当然、そのために彼女の評価も、ヒトによってまったく異なってきます。
物語は関係者の証言だけで構成されていますから、主人公の女性は一切登場しません。つまり読者に与えられる情報は、関係者の視点だけによる伝聞のみなのです。
しかもこの主人公の女性は、時と状況に応じて平然と嘘をつくのですね。
こうなってくると、読者にはいったいどれが彼女の本当の行動で、どれが嘘の行動なのか、区別がつかなくなってくるのです。

しかし。
この「どれが本当で、どれが嘘か判らない」という状態にこそ、ラストで明らかにされる“真実”を知るための大きな伏線が隠されていたのです!
物語はずっと女性主人公の謎の死を追い続けていたものの、その真実は、最初からきちんと我々読者の目の前に提示されていたのですね。

不自然にならないようにきっちりと計算しながら、その事実を大胆にも目の前にぶら下げ続けていた作者のマジックに、読み終わると知らず知らずのうちにサブイボが立ってしまったのでした。

そんなミステリ節が全開の有吉佐和子作品、“ミステリ小説の伝道師”であるときわ書房の宇田川さんなら当然お店のラインナップに揃えていますよね……とお伺いしたところ、ええっ、在庫がない!?
それはいけません、いけません。この本こそ隠れたミステリ小説の名作として、もっと世に広く問うべきです!とオススメしたところ、さすがは“ミステリ小説の伝道師”、動きが早い。『悪女について』ともう1冊の隠れたミステリ作品『開幕ベルは華やかに』をそれぞれ50冊も仕入れて、今回の「プロジェクトA(有吉佐和子)」を立ち上げたのでした。

皆さんもぜひ、全編にわたって有吉佐和子が仕掛けてくる構成の妙、緻密な計算のもとに組み立てられた構成の妙に、めくるめく思いを味わってください!

などとオススメ文を書かせていただきました。
こちらのオススメ文が記載された冊子も、まもなくときわ書房の本店で配布されるはずです。

有吉佐和子が繰り出す計算された構成のマジックに瞠目を!

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