劇団桟敷童子「海獣」(鈴木興産株式会社第2スタジオ)

毎公演、かならず予約してチケットを購入するほどのファンでありながら、ここ何回か行くことができず、チケットを無駄にしてしまっていた劇団桟敷童子。
今回は、おなじみ、鈴木興産の倉庫街(群?)で新作が公演されるとのことで、久々にやってきました。
今回の桟敷童子の公演会場である、鈴木興産の倉庫群の一角

会場に向かって、駅から歩いていくほどに段々と街灯も少なくなり、あたりが真っ暗ななかをトボトボ歩かなければならず、「本当にこっちでいいのかな」と不安感に襲われてくるのですが……おおう。
ちゃんと道案内が用意されているではありませんか。
倉庫群への道案内もバッチリ

ここでさらに、いつもであれば倉庫街(群?)の入り口に、桟敷童子ののぼりが「これでもか!」と立てられていて、それが目印になっているのですが、今回は同時に別の劇団も倉庫内で公演されているためなのか、ポスターが掲示されているだけでした。
そのかわり、スタッフのお兄さんが入り口で、「桟敷童子公演会場は、入って右手奥の会場になります」と声を枯らしながら呼び込みをしてくれているので、いくら周りが真っ暗でも、心細くても、大丈夫、安心して会場に行くことができます。

いやー、桟敷童子のこうした運営体制は、単に「劇を演じるだけ」でなく、「そこに来ている観客をいかにスムーズに“観てもらう体制”になってもらうか」というところを考えていると思うのですね。
ここに他の劇団には決してマネできない、桟敷童子のすばらしさがあると思うのです。

そんな今回の公演。
物語は、江戸末期、黒船が現れて開国を迫られたニッポンの片隅の漁港を舞台に、社会の底辺で苦しみながらも生きていく人々の姿を描くものです。
当然のことながら、桟敷童子のいつものテーマ、ラストに向かっての“生きろ”節が全開、炸裂しています。

ただ……ううーん、どうしたものでしょうか。
役者の演技にもパワーがみなぎっていますし、ラストの舞台装置の大仕掛けもいつも以上に役者の動きとあわせてダイナミックです。
でも……なんというか、全体的にボヤけている印象が否めないんです。
締めるところが締まっていないというのか。

これはひょっとしたら、配役の問題なのかもしれません。
いつも桟敷童子ではラストに板垣桃子がその眼ヂカラで見栄を切ることで、テーマとなる“生きろ”節を観客の心に刻みつけていると思うのです。
しかし、今回はその板垣桃子が脇役にまわっていたためか、そのような見得を切るシーンがなかったのですね。
だから、物語がキリリと締まって終わった感がないのかもしれません。
板垣桃子のような目ヂカラがあって、カッコよく見栄を切ることのできる役者は他にいないのでしょうかねえ。

また、ラストでの舞台セットの大仕掛けもいつもながら力技を感じさせられるのですが(特に役者さんの動きが素晴らしい)、ここで得られるカタルシスが弱かったことも気になりました。
どうしてなんだろう……と考えていたのですが、これ、今回の物語の構造には、「絶対悪」が登場してきていないのですね。
皆、いい人ばかりなんです。
だからラストにおいても、舞台の大仕掛けで観客の度肝を抜こうと、役者が心からの叫びをあげようと、どうしてもカタルシスを得られないのです。
もちろん、“社会の習慣が悪”ということの方がリアリティはあるのですが、逆にリアリティがある分、どうしてもラストにおける「ああ、そうくるのか!」という驚きが限定されてしまうのではないかと思うのですね。

なんだかんだと文句ばかり書いていますが、それでも桟敷童子の“生きろ”節には毎回泣かされてしまいます。
次回公演も、もうすでに予定されているとのこと、楽しみにしています。