ミラクル☆パッションズ「鬼と海のババニコフ」(中野テレプシコール)

エッセイの出版に、本屋さんでのサイン会(インフルエンザの影響で中止になってしまいましたが)、しまおまほをゲストに呼んで阿佐ヶ谷ロフトでのイベント開催、うんこビルでの公演、さらにはニューヨーク公演まで決まっちゃって、もう遙か高い雲の上の人となってしまったワクサカソウヘイさんよりご案内をいただきました。
どうもありがとうございます!
そんな訳で、ミラクル☆パッションズ久々の屋内公演「鬼と海のババニコフ」を観に、中野にやって来ましたよ!
ミラクル☆パッションズ「鬼と海のババニコフ」(中野テレプシコール)

前回、高円寺でのギャラリー公演では客層の99%が女性で、しかも客席が狭かったため隣の方に迷惑を掛けないよう必死に小さくなって観ていましたが、今回は男女比は6:4ぐらいと、やはり女性が多いものの男性率も増え、さらには客席も劇場だけに余裕があって、ゆっくり観ることができたのでした。

内容は、いやー、相変らずコントの数々を「これでもか」「これでもか」と繰り出されてきます。
またコントだけではなく、暗転時には舞台上に直前に演じられたコントに関連した映像も流されて、これがまたおかしいのなんの。
演じられるコントとその後に流される映像の波状攻撃に、もうすっかり大満足の大満腹状態なんです。

しかし、これら「これでもか」「これでもか」と波状攻撃のように繰り出された数々のネタは、決して独立したエピソードではないのですね。
一見無関係そうに見えるエピソードでも、ちょっとずつ他のエピソードとリンクしているのです。
そしてラスト。
それまでちょっとずつ各々とリンクしていたエピソードが、ここにきて、一気に集約するという壮大なストーリーが隠されていたのです。
これって、ちょっとずつ伏線を提示していき、ラストで、それまで提示した伏線の数々を一気に回収して観客のカタルシスを得るという「ミステリ的」な方式で構築されているといっても間違いはないでしょう。
そうなんです、ラストのエピソードでは、物語としてのオチに加え、こうした形式美によるカタルシスで、観客にはより一層の感動が芽生えさせたのではないかと思うのです。

コントについても、パッと見は相変らずの「中学生男子が休み時間、教室の後ろで馬鹿騒ぎをしている」ようなものなのですが……あれ?
これまでにはまったく感じられなかった「大人の部分」も出てきているのですね。
例えば、中学生のノリで馬鹿騒ぎしていたメンバーが、実は間もなく40歳を迎える大人たちであったり、「このままでは駄目だ」とハローワークに通ったり。
つまり、これまでは「中学生のバカさ加減」を描いていた彼らのコントが、今回は「中学生のままで大人になった彼らの馬鹿さ加減」を描くようになっていたのです。

これはいったいどうしたことなんでしょうか。
これまでの彼らのコントは、とにかく「中学生が馬鹿なことばかりすること」を見せてきた彼らだったはずなのです。
それが、なんというか、「大人になることへの不安感」を滲ませてきているのですね。
ひょっとして、ミラクル☆パッションズとして、大きな公演が次々と入ってきたことで、彼らが段々と大人になってきたということなのかしらん……と思っていたのです。

このかなりの作風の変化に、何となく釈然としない思いを抱いたまま、終演後、劇場の表にいたワクサカさんとご挨拶をしたのです。
そのときに

「ああ、なるほど!」

彼自身の生活が、今、まさに転換期にあるのだということを聞いたのでした。
ああ、もう、そうですよ、それ。きっと、それ。
その今の状況にある彼の思いが、作品として出てきているのかと。
転換期にあるので、今後の作風がどのように変わっていくのか、それは判りませんし、きっと彼にも判らないことでしょう。
ただ、今回の作風の変化が構成にも大きく影響を与えたことで、「コントをやりっぱなし」で終わるのではなく、ラストに向けて改めて回収し、二重三重にも楽しさ、面白さを引き出していくようなスタイルに変わっていくのではないかと、とても楽しみになったのでした。

そんなワクサカさんの名台詞。

「やもめってかっこいいっすよ! イヤ、ホント、絶対に!」

自らの発言を失言と思ってしまい、メチャクチャ慌てているワクサカさん。わはははは。