川上未映子『ヘヴン』刊行記念サイン会(三省堂書店有楽町店)

友だちの友だちは皆友だちなんですから、その共通の友だちの数が多ければ多いほど、お互いの友だち度数は増すはずなんです。
何が言いたいのかというと、つまり、川上未映子さんとぼくとは誰から何と言われようとマブダチ関係と言うわけなんです。

……嗚呼、幸せなるかな妄想力。そんな妄想丸出しのままで、有楽町へゴウ。
今日は、駅前の三省堂書店で新刊『ヘヴン』刊行記念サイン会があるのですよ。
サイン会は18時半スタートということで、まー週末とはいえ、平日の夜だし、18時過ぎに到着していたら、それでも早いほうかもねー……などと余裕ぶっこいてお店に行くと……うああ。
お店の外には、もうすでに長蛇の列ができあがっているのですよ。
すっかり出遅れてしまっていたのでしたー。
サイン会開始までまだ時間があるのに店の外にはもう長蛇の列

並んでいる顔ぶれを見ると、やはり、10:1ぐらいの比率で圧倒的に男性率が高いのですよね。
ただ、前回参加した神保町での『乳と卵』サイン会のときほど、高年層はいなかったような気がします。
これは有楽町という立地だったから若い人が多かったのか、それとも前回は芥川賞受賞直後でスケベ目的なオヤジどもが多かったからか……判りませんが。

列の最後尾に並びましたが、まだまだ時間が掛かりそうなので、買ったばかりの『ヘヴン』を読み始めました。
あれ? いつもの饒舌体ではなく、なんというか、通常文体の小説なんですよね。
思わず「間違えて買ってしまってる?」と、奥付を確認してしまったほどなんです。

……ただ。
くぁぁぁぁ、これはかなりキツイ。キツイもキツイ、内容がかなりのキツキツなんです。
これまでにも、その独特の饒舌体で読者に「これでもか」「これでもか」と圧倒的な迫力を突きつけてきていた彼女の作品なのですが、今回はそれ以上に突きつけられます。キます。めちゃくちゃキます。かなりキます。徹底的にキます。
まるで、読者の心を、精神状態を、えぐり出そうかとしているかのように「これでもか」「これでもか」と情け容赦なく痛さを繰り出してくるのですよ。
この圧倒感は、通常文体の小説とはいえ、やっぱり「未映子節」全開なんですよね。
この痛みばかりの圧倒感で覆い尽くされた『ヘヴン』には、待ち時間をちょっとつぶす程度に立ち読みできるような優しさはどこにもありませんよ……。

その「これでもか」「これでもか」と痛みを繰り返し押し出して読者を徹底的にたたきのめすなかで、突然に訪れる雨のクライマックスシーン。
ここで作者は、読者に対してカタルシスが得られる展開を用意しているのです。
しかしこの展開、とても「救いようがない」のです。徹底的につぶされます。
つまり、読者はここでカタルシスを得てしまうことで、罪悪感も味わされてしまうという、非常にタチの悪い仕掛けが施されていてるのですね。
こうなってしまっては、読者としては、もうどうすることもできません。
完全に川上未映子の繰り出す技に翻弄されるばかりなのです。

そして、そのクライマックスのあとに訪れるラストシーン。
ああ! そうか! ここなんですよ、ここ!
ひょっとしたら、川上未映子はこのシーンを描きたくて、この作品を執筆したのではないでしょうか。
しかし、このラストシーンを描くからには、この美しさを読者に少しでも深く感覚的に共感してもらいたくて、そのため、ここまで徹底的に救いようのない物語として展開してきたのかもしれないのです。
とにかく、それほどに思えるほどの美しさが、最後に我々を待ち受けているのですね。
ラスト1ページ、言葉だけで描かれたその美しさは、もう「読まずとも感覚的に感じられたかのようにさえ思える、これこそが、この物語で読者が得られる本当のカタルシスだったんです。
いやー、このラストを持ってくるためのすべてが計算だとしたら、もうすっかりやられてしまったのでした。

……おおう!
そうこうしているうちに、もう順番がすぐそこに迫ってきているのですよ。
読むことに夢中になってしまって、心の準備なんてまったくできていなかったぼく、「作品がヤバい」なんて言っている場合じゃないのですよ。ヤバいのはぼくなんですよ、ぼく。激ヤバ。

こうして頭のなかが真っ白なまま、彼女の前に立ってしまったぼく。
彼女の、その真っ直ぐな視線(すごい眼力(めぢから)があるんですよね)と、さらには「こんばんは」と挨拶されただけで、あわわわわ……。
すっかりテンパってしまい、記憶は一気にすっ飛んでしまっています。
気付くと、いつの間にかサイン本になっていた『ヘヴン』を抱え、トボトボ帰りの電車に乗ったのでした。

うーん、おかしいなあ、友だちの友だちは皆友だちなんだから、川上未映子さんとぼくとは、もうすっかりマブダチのはずなんだけどなあ……(まだ言ってる)。
川上未映子の新刊『ヘヴン』にサインを頂きました