いろんな意味で刺激的だった「WORMAN」(森下スタジオ)

もう一夜明けて昨日、月曜日のことですが、会社帰りに森下スタジオへゴウ。行ってきました。
先日、百軒店商店街でお世話になった大倉マヤさんが出演し、また「Free Family Portraits」で参加させてもらったイェレナ・グラズマンさんが監督する「WORMAN」の公演があるのですよ。
「WORMAN」(森下スタジオ)

ちなみに、その「Free Family Portraits」は、イェレナさんの自宅に飾られているそうです。
ぼくが「お父さん」だったイェレナ・グラズマン作品「Free Family Portraits」
ああ、ぼくがこんな人様のお宅にいるんだよ……。

さて、そんな訳でやって来た森下スタジオ。
19時半開演の19時半ギリギリに開場されました。
会場に入ると、薄明かりのなかセットも客席もまったく存在せず、まるで体育館か倉庫のような殺風景さなんです。
そのなかにただひとり立っている半裸の女性。
客席がないものですから、我々観客はその彼女を囲むように四方八方、思い思いの場所に勝手に座ります。
始まっているのか始まっていないのか判らないまま、半裸の彼女を観ているうち、場内にはかすかに不思議な音が鳴っていることに気が付きます。
場内にばらまかれてある小石が、かすかな音をたてているのですね。
音響が一切ない状況で、ただ場内で聞こえるのはかすかな小石のたてる音だけであるということで、逆に、場内の静けさが強調されてくるのです。
この「静けさの音」は、実は後半における伏線となっているんですよ。

やがて半裸の女性がダンスのように場内を動き始めたそのとき……一気に物語は展開します。
突然に場外からガヤガヤと喧しくスタッフが乱入してきて、場内に観客席と舞台セットを組み立て始めるのです。
半裸の彼女はこの様子にただ呆然とし、また舞台装置を組み立てる場所に座っている観客は慇懃丁寧に追い立てられ、出来上がりつつある観客席に誘導されます。

そこから始まるのは、「「高校生たちによる演劇活動」の映画撮影(あるいはテレビドラマ撮影)」という作中作形式の物語。
しかし映画撮影(あるいはテレビドラマ)にしては、登場人物である撮影スタッフがまるで生放送であるかのように、時間進行を気にしているのです。
この当たり、ちょっと様子が変なのです。
どうやら、“「撮影風景」の物語内で進んでいる時間”は、現実の時間進行とまったく同じようなのですね。
ということは、これはきっと、“いちばん外側の世界(=森下スタジオで演じられている演劇)”の枠組みのなかで演じられている「「「高校生たちによる演劇活動」の映画撮影(あるいはテレビドラマ撮影)」の演劇」という作中作中作であるに違いありません!
とすると、ラストなんかはきっと、映画版「蒲田行進曲」のようなメタな展開に持っていくかもしれないぞ……なんて思っていたのです。
そしたら……わー!

いきなりの「ちゃぶ台ひっくり返し」ですよ。
もう麻耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』か、乾くるみ『匣の中』か、殊能将之『黒い仏』か。
はたまた三池崇史『DEAD OR ALIVE』か。
とにかう、ぼくにとっての「ちゃぶ台ひっくり返し」とは、こうした“ラストで観客を放り出し、物語内だけの世界観に閉じてしまう”ところにあると思うのですね。
ああ、映画版「蒲田行進曲」もある意味、ちゃぶ台ひっくり返しなエンディングでしたよね。
今回、「WORMAN」では、ラストでまさにその「ちゃぶ台ひっくり返し」をナマで行っちゃったのですよ!

作中作である「高校生演劇」は佳境を迎え、いよいよクライマックス。演劇上演の本番当日。
緊張感が場内に張り詰めて静まりかえるのです。
そのとき、小石が奏でる「静けさの音」がかすかに聞こえてくるのですね。
ここですよ、ここ。前半で張られていた伏線が、ここで回収されていくのです。
そんな圧倒的な静けさに蹴落とされたヒロインは、セリフが出てこずに……

ここでいきなり場内が暗転。

すると、真っ暗闇な会場のなかで、撮影スタッフから観客に「外に退場願います」と指示が出されました。
観客全員、どのまま舞台袖の扉から誘導されて外に出ます。
そしてさらに「駅に向かいまーす」と連れられ、ゾロゾロ夜道を駅に向かって歩いていきます。
スタッフに誘導され、観客全員が会場から駅に向かう

改札前に辿り着くと、回数券を渡されて改札のなかに入りました。
回数券を渡されて改札内に入りました

そのままホームに降りていくと、全員ソワソワ。
だってまったく何の指示もないんですもの。電車に乗るのかどうかさえも判らないんですもの。
とりあえず見失わないように、スタッフ役である役者の方だけを見続けています。
そして、やってきた電車に……乗り込んじゃいました。
スタッフ役の俳優のあとを追い、電車に乗り込む

「どこで降りるの?」

まったく指示もないまま……あれあれ? スタッフ役の役者の方も姿が見えなくなってしまいましたよ。
ああ、このままどこまで行けばいいのでしょうか?
まさか流れ解散?
それとも何かお楽しみがこの向こうに待っているの?

電車は次の駅、そのまた次の駅……と到着していきます。
もうどうしてよいのか判りません。
不安に押しつぶされそうになったそのとき、ああ!
スタッフ役だった役者の方が駅に降りるのが見えたのですよ。
「うひゃー、これはヤバイ」と急いであとを付いて降りたのですが……どわー!
他に誰も降りてきた人がいません! どうしよう、どうしよう。

しかし降りてしまったものは仕方ありません。
降りた電車も行っちゃいましたし、降りた役者さんのあとを付いていこう……と、こそこそストーキングしていくことにしました。
ところが門前仲町の駅の外に出たところで、あれれ?
どうもその役者さん、観客であるぼくたちが付いてきたことに困っているようなのです。
とりあえずあとを追っていき、門前仲町の駅の外
ひょっとして、付いて行っちゃダメだったのかな……?

ヤバイのかもしれません。この困り様、こりゃ作品をつぶしちゃったのかも。
でも、「付いて行っちゃダメだったのですか?」などと聞かず、逆に「こうなったら毒を食らわば皿までだぜ!」などと訳の判らないことを口走るぼく。
とりあえず、再び門前仲町の駅のなかに戻る役者さんのあとをただ、ただ、ひたすら後ろから付いて行くだけなのでした。
すると……あらら、結局、ばらしの真っ最中である劇場に戻ってきてしまいました。
よ。

あとをずっと付いて来られたことに戸惑われながらも、バラシをしている皆さんに暖かく迎えられたので、結局どういうことだったのか訊いてみました。
すると、どうやら電車に乗ったところで「それぞれの人生が始まる」というエンディングを意図していたようなのです。

……ということは。
こうして再び元の場所に戻ってきてしまったぼくは、いつも人生をテイクオフすることができずに、ずっとイジイジウジウジしているやつ、ということなのでしょうか。
ま、そりゃ、確かに否定はできないのですが……。