「吾輩は猫である」をプレイする稽古の反省をする

今日はいつもの「吾輩は猫である」読書会のはずでしたが、参加者が全員関係者であることもあって、急遽、土曜日に行われた“playworks♯-2.1「吾輩は猫である-1」をプレイする稽古”の反省会に変更となりました。
うそ、ヤッベー……とお口をモグモグ。
そもそも「反省会」とは、しおらしく“スンマセーン”と言いながら頭をうなだれて、嵐が通り過ぎていくのを待つ場だと思っているのですね(←反省してないのか)。
なのに、会場のお店に着くやいなや「スイマセーン(←おお、ここで“スイマセーン”と言っている)、オムライス1つ! 心持ち多めにネ!」なんて注文するのですから、皆から「コイツ、反省する気ないな」と思われたかもしれません。
いえいえ、そんなことありませんよ!オムライスをムシャムシャ食いながらでも反省はできるのです!
反省会で、オムライス食っちゃいました

そんな訳で、オムライスを食いながらの反省。アレコレあります、はい。

  • 決して他人のことを気にしないこと(我が道を行くこと)
  • 決して他人とコミュニケーションをとらないこと
  • 決して他人をぼくのパーソナルゾーンに立ち入らせないこと

本番当日は、イケシャーシャーとこの3つの約束を厳守します。
何か凄いことになっているメモ(メモを取る習慣のないぼくのものではありません)

その公開稽古では、参加者全員による出演プランのプレゼンが行われたのです。
例えば

とか、

とか。

ヤバいのですよ、ヤバい、激ヤバ。チョーマジ激ヤバ。
何というか、そもそもは夏目漱石の世界観に彩られた、夏目漱石の作品であるはずの「吾輩は猫である」であるはずなのに、一瞬のうちにまったく別世界の作品に再構築されてしまうのです。
夏目漱石の世界観が、出演者たちがつくり出した世界観に引き寄せられて解体され、そして新たな「吾輩は猫である」に再構築されているとでもいうのでしょうか。
これはスゴイことになっているのですね。

よっしゃあ、ぼくもウカウカしてられまへんでー(←何だ、その変な関西弁は)。
3月14日の本番に向け、準備を着々と進めていくことにしよう! ……そう、オムライスのソースを口の横につけながら、かたく心に誓うのでありました。

そうそう、あとは「読書会プレイ」の方向性が決まりました。
キーワードは「読書」「部室」「伝説の先輩」。
そうくると、これはもう桜庭一樹『青年のための読書クラブ』ですよね、ワオ!