久しぶりに「東京物語」を観たくなった

観るものがないけど適当につけていたテレビから、たまたま流れてきたのはNHKのドラマ「お買い物」。
http://www.nhk.or.jp/drama/dramalist/okaimono.html
これがもう何というのか、ものすごく地味なドラマなんですよ。
レンタル屋さんで見掛けても、絶対に借りることがない種類の地味なドラマなんです。
しかしながら、他に観るテレビ番組もないし、テレビを点けたまま、観るともなしに観ていたら、すっかりはまってしまったのでした。

田舎に住む老夫婦が送る日常を淡々と描き出しているだけの地味さ。
事件やハプニングといったものが一切起こらず、あるとすれば、久しぶりに上京した渋谷で、“今”の流れについて行けずに戸惑うところぐらい。
でもね、これがメチャクチャいいのですよ。
この地味さがだんだん心地よくなってくるのですよ。
いったいあの“心地よさ”は何なのでしょうかねえ。
演出? おじいさんとおばあさんという2人のキャラクタを演じている俳優がよかったのでしょうか。
いや、それをいうなら孫の存在もいいし、孫のボーイフレンドもいい。
そうか、「悪い人が一切出てこない」という、今どき珍しいドラマでもあるんですよね。
(主人公の老夫婦に手が掛かる渋谷のカフェ店員や、待たされているお客さんたちも含め、皆、いい人ばかり)
そういった「悪者がいない」=「地味な物語」=「でも心地いい」と思えたのかもしれません。

この雰囲気、どこか小津安二郎の「東京物語」を感じさせるのですよね。
ああ、そうか。
「東京物語」のようにその根底に“ニッポンジンのソウル”を感じられるからこそ、見ていて心地よく思えたのかもしれません。
(それでも「東京物語」の方が、まだ事件が起こっているんじゃないかと感じさせられるのですが)

で、ラスト。
田舎に帰るためにやって来た東京駅で、「孫に写真撮影して貰うシーン」から「ラストのエピソード」に繋げた流れにはかなり驚かされました。
ある意味、叙述トリック的な衝撃。
普通のドラマだったらここまで驚かされることなく、逆に、“ありがちな展開”といってもいいほどなんです。
ところがこのドラマは異常なほど「何もない」地味なドラマだっただけに、あのラストでは余計に“異質感”が際だっていたのかもしれません。
だとすると、このラストでの驚きのためだけに、わざとそれまでの展開を淡々と進めてきた、ある意味“計算高い構成”だったのかもしれないのですね。

うわー、やられたなあ。

この、小津安二郎的な“枯れ”具合を醸し出しながら、ラストで驚きの展開を用意した脚本家は、いったい誰なんだろうと思っていたら……うわ、前田司郎ですよ、前田司郎。
五反田団の前田司郎。最近は小説家としても売り出されている前田司郎。
あまりの驚きように、エンディングロールを巻き戻したくなりましたよ。
あれだけの“枯れ”具合を描き出せるのだから、てっきりもっと歳のいっている人かと思っていました。
この地味なドラマでの、いちばんの驚かせ場面は、ひょっとしてエンディングロールだったのかもしれません。