帰ってきた、うずめ劇場「ねずみ狩り【Bプログラム】」(こまばアゴラ劇場)

“あの衝撃”から約4年、うずめ劇場が問題作「ねずみ狩り」を再演するのですよ。
うずめ劇場「ねずみ狩り」のチラシ

そんな訳で、こまばアゴラ劇場へゴウ。
すると……おおう、なんということでしょうか。劇場周辺、およびストーブがぬくぬくのロビーには、溢れるほどの野郎、野郎、野郎ども。
見事なまでの野郎率、おそらく100%近い数字をたたき出しているのではないでしょうか。
しかも、今日は平日だというのに、場内は週末かと思えるほどの満席状態。
伝え聞くところによると、チケットは前売り段階でほぼ完売なのだそうですよ。

そんな再演版「ねずみ狩り」。
舞台は、様々なモノが捨てられているゴミ捨て場で、そこにやってきた男女2人の物語です。
ストーリーそのものは初演版と変わりありません。
しかし演出において、まるで観客を挑発するかのような内容に変えられているのでした。
ゴミ捨て場にいる男女2人を暗がりからジッと見つめる観客たちが、ゴミ捨て場に巣くう巨大ネズミの集団に見立てられているのです。
観客は、舞台上の俳優から拳銃を向けられ、次々に撃たれていきます。
もちろん、小道具としてのモデルガンなのですが、火薬を使用した射撃に、銃口を向けられた観客は思わず避けてしまうほどなのでした。
この、暗がりからジッと見つめる「観客」をゴミ捨て場に巣くう巨大ねずみに見立てるあたりは、初演よりもダイレクトに「現代社会に対する風刺」として、スパイスが効いていたのではないかと思うのですね。
そもそも、今回の会場であるこまばアゴラ劇場は、初演が行われたシアターΧ(カイ)に比べると、ステージと客席の間がかなり近いのです。
だから、余計に観客を挑発する演出がショッキングに感じられたのかもしれません。

しかし、物語が進み、登場人物が身につけているモノを捨てていくあたりから、状況は変わります。
初演時は、身につけている「モノ」を捨てていき、それが結果として「過剰に装飾され、そして消費されていくだけのモノ社会へのアンチテーゼ」というテーマを生み出していたと思うのです。
しかし今回は、身につけている「モノ」を、商品名を挙げて捨てていくため、単なる「モノ」ではなく、「商品」そのものとしての存在感を発しているのです。
そのため、「モノ社会に対する風刺」というよりも、「モノを所有している個人に対する風刺」としての印象を受けてしまうのでした。

……あ、そうか。
観客を「ゴミ捨て場に巣くう巨大ねずみ」に見立てていることからも考えると、今回の演出の狙いは、前回のように「社会」そのものではなく、「個人」に対する風刺なのかもしれませんね。

そしてクライマックス。
ああ、やっぱり今回もきましたよ、きましたよ、きちゃいましたよ。
男女2人の俳優が着ている服もすべて脱ぎ捨て、真っ裸マッパマッパッパ
しかし今回は、おおう、なんということでしょう。かなり“美しさ”を感じるのですよ。
初演のときは、真っ裸になった2人の俳優が轟音でBGMが鳴り響くなかを、単に踊り回っていただけのように感じたのです。
しかし今回の公演では、なんというか、2人の間にある「モノ」がすべて捨てられ、存在するのは「お互いのみ」という状況下で、“愛”の存在が感じられたからでしょうか。
いやあ、ヒロインの方の美しさにはもう、ただ、ただ、うっとり。
初演のときに感じた不自然さと言うものが一切払拭され、大満足の再演だったのでした。

ただし、1件だけものすごく気になったのが拳銃の存在です。
初演時は舞台がアメリカということで、登場人物が拳銃を持っていてもなんらおかしくなかったのですね。
ところが、今回の舞台は現代ニッポンなんです。
なのに、登場人物が普通に拳銃(および実弾を箱ごと)を所持している状況の不自然さ。
拳銃と実弾は物語の「キー」となるだけに、存在は不可欠なんですが、しかしながら現代ニッポンではあり得ない状況に、キショク悪く感じられたのでした。
そこだけが残念な点でしょうか。
うずめ劇場「ねずみ狩り【Bプログラム】」(こまばアゴラ劇場)