大橋可也&ダンサーズ「帝国、エアリアル」(新国立劇場 小劇場)

垣内友香里さんが出演されると言うことで、2年ぶりに大橋可也&ダンサーズを観に、初台は新国立劇場にゴウ。
新国立劇場

なんと今回の舞台では、その垣内さんに誘われて、友だちもデビューするんですよ。
ついこの間まではぼくと一緒に「こちら側」だった友だちが、ふと気が付くと「向こう側」にいるというこの現実。
嫉妬の炎、メラメラ。

しかしその友だちは、これがデビューとは思えないほどに最初から最後まで出ずっぱり。ラストシーンでは何かを暗示するかのようにガジェットを片手に去っていくというとても重要な役どころ。
うわー、嫉妬の炎なんてメラメラ燃やしている場合ではありません。
素晴らしいのですよ、素晴らしい。そして、カッコイイ。

今回の出演者は、垣内さんやその友だちも含めて全部で15名と、かなりの大所帯です。
ステージ中にばらまかれたペットボトルや菓子、コンビニ弁当のガラが散らばるなかで、個々に動き回るさまは「現代社会」を表わしているのでしょうか。
互いに無関心でありながらも、たまにコミュニケーションらしきものをとることもあります。
が、基本的にはやはり個別の動きに終始。

途中からはドラムとギターによる激しいスラッシュな生演奏が加わり、同時に照明も激しく点滅を繰り返しだします。
「視覚」と「聴覚」に暴力的に襲いかかられ、観ているこちらとしては、徐々に感覚がマヒしてきたのか、それとも視覚と聴覚のマヒによりエンドルフィンが放出されたのか、何だか心地いい感覚になってくるのですね。
一方、ステージ上では阿鼻叫喚。
叫んでいる人もいれば(しかしその声は暴力的な演奏にかき消されて聞こえない)、誰かにすがりつこうとして拒否されている人もいるんですね。

そうしているうちに……ウワー!
友だちが、友だちが、友だちが、共演者に服を脱がされていますよ!
いつのまにかパンツひとつにまで脱がされていますよ!
そして、さらにパンツに手を突っ込まれて、あわや全裸に……。
裸にされ、さらには上着を盗られた友だちは、ステージ中に散らばっているゴミからチラシを抜き出し、せっせと紙飛行機づくりに励みます。
何十体と折り上げられた紙飛行機は、最後、ゆっくりと飛ばされます。
1体、2体……と飛ばされているうちに、徐々に出演者が去っていき、最後、その友だちも紙飛行機を手に持って、去っていくのですね。

「帝国、エアリアル」というタイトルは、オープニングで大橋可也自身が「現代では、人を規定しているのは“空気”」ということを述べ、だからこのタイトルを付けたとアナウンスします。
しかし「エア」という言葉には、空気という意味以外にも最近では「エアギター」のように“架空の”という意味合いでも使われると思うのですね。
つまり「帝国、“エア”リアル」とは、架空のリアルさを持った帝国(砂上の楼閣)の物語。
そう考えると、ラストで紙飛行機を飛ばされるのは、まるで9.11のようなテロで滅ぼされた帝国を表わしているようにも思えるのですね。
その紙飛行機を飛ばすのが、裸にひん剥かれ(=レイプ)、上着を盗られた(=強奪)友だちであることを考えると、「帝国にメチャクチャにされたそのお返しに飛行機で帝国に突っ込み、帝国を滅ぼした」という絵が見えてくるような気がしてなりません。

そうすると、ステージ中に散らばった無数のゴミは、最初は「無関心の象徴」であったはずが、ラストでは「栄華が滅び去ったあと」を示しているのではないかと思えるのでした。

出演者全員が去ったステージに、再び登場した大橋可也、「これで終わりです」。
2年前に初めて観たときはこの終わり方にずっこけそうになったものですが、今回はちゃんと学習しており、ずっこけませんでしたよ!
(そういう問題ではありません)
大橋可也&ダンサーズ「帝国、エアリアル」(新国立劇場 小劇場)