覆面作家・坂木司の覆面サイン会

吉祥寺にまだTRICK+TRAPの実店舗があった頃のこと。
戸川さんのご縁によりお知り合いになった方が、坂木司さんともお知り合いだったのでした。

その方と、新刊『夜の光』が出た話をしているときのこと。
「今回は、“覆面サイン会”の予定はないのでしょうかねえ」とお伺いすると、「予定はないそうなので、個人的に坂木司サイン会をやっちゃいましょうか?」。
......え?
なんか、いきなり話がすごいことになっちゃっているんです。
「マジっすか、マジっすか」と何度も確認するぼくに、その方は「マジっすよ、マジっすよ」。

......ということで、今日のこの日、会場をセッティングしていただいたのでした。
その方に指定された都内某所の某部屋。約束の時間きっかりに「お邪魔しまーす」と恐る恐る入っていくと......ひぇー! ひぇー! ひぇー!
いらっしゃいましたよ、いらっしゃいました。
身の丈2メートルは超えようかという大きな身体の持ち主が。
頭にはKKK(クー・クラックス・クラン)のような大きな頭巾を被り、身体はゆったりとしたガウンのようなものを羽織っており、部屋の真ん中でこちらを見下ろしながら仁王立ちしているのです。
うわ、こわ!

えー、すみません、指定された部屋におわします貴殿が坂木司さんですか、覆面作家の坂木司さんですか、本当に覆面されているんですね、KKKみたいですね、ぼくはミル・マスマラスが好きです、子どもの頃はザ・デストロイヤーが活躍していました、身体もとても大きいですね、ジャンボマックスってご存じですか、ドリフにもよく登場していました、貴殿を見ているとザ・デストロイヤーやジャンボマックスを思い出します、......ってぼくは何を言ってるんですか。初めまして。

黙ってしまうと殺されてしまう!とビビッてしまい、思わず機関銃のように話し出して止まらなくなってしまったぼく。
すると、そのKKK頭巾&ゆったりガウンの主がひとこと、「ようこそ」。
......あれ?
ごつい図体の割には、ドナルドダックみたいな声なんですよ。
きっと声から正体を割り出されるのを防ぐため、ヘリウムガスを吸っているのでしょう。
(確かに数分ごとに「ちょっと待て」と言っては後ろを向いて、スーハースーハーとボンベみたいなものを吸っていましたから)

とすると......どうもガウンの下も怪しい。
ひょっとしたら、二人羽織みたいにして身体を大きく見せかけているだけなのかもしれません。
いや......あるいは、こうして裏を読むことを想定して、本当に身体が大きな人が小さい人である可能性も示唆しているだけかもしれません。
うあーん、なんてミステリ作家は面倒なんだ。

しかし、「それでは早速」と持参した本をぼくが広げると、気さくに「よし、任せとけ」とばかりに、筆ペンを持ち出し、さらりさらりとサインしていただくのでした。
(大きな体躯のせいで、筆ペンがメチャクチャ小さく見えるんですよ......すごい遠近感だ)。
『夜の光』に坂木司さんのサインをしてもらっています

サインは普段から筆ペンで行っているそうですが、『切れない糸』を出版したときに水色の細いペンを使ったことがあるのです。
水色のペンによるサインは、実は希少価値があるそうなのです
(これですね)
「そのペンを変えたのは、『切れない糸』の舞台がクリーニング屋さんだったから、何かそれと関係あるのですか?」と訊ねると、「いや」。
ちょうどこの頃、「違う色を使ってみたらどうかな」と思って変えただけなのだそうです。
結局、そのペンによるサインは、インクが切れた時点でやめて、それ以降はまた筆ペンに戻したのだとか。
(しかもそのペンはサイン専用という訳ではなく、普通にメモやなんかに使っていたそうなので、サインした数はそんなに多くないのだとか)

またサインは、単行本に書くときは縦書きなのだそうですが、これが文庫本になると横書きにしているそうです。
両方お持ちの方は、ぜひ見比べてみてください。
(ただしアンソロジーの場合は、文庫本であっても他の方のサインの関係で縦書きですが)

サインを書き終わると、お茶を頂きながらあれやこれやのオフレコ話に裏話。
いろいろと聞かせていただきました。
ゲラもあれこれと見せていただきました。
『大きな音が聞こえるか』の初校ゲラ
(角川書店の「野生時代」に連載されている『大きな音が聞こえるか』の初校ゲラ)
(お茶をいただいたのですが、そのマグカップが畠中恵さんからいただいたという「しゃばけ」の非売品グッズ。畠中ファンだったらノドの奥から手が出そうなほど、可愛い図柄なのでした)

ひょっとして、こんなことを訊いたら「くだらん詮索をするな」と絞め殺されるかもしれないとドキドキしながらも、ずっと気になっていたことを思い切って訊いてみました。

「どうして覆面作家なのですか」。

すると絞め殺されることもなく教えていただきました。
「もともと読者として、著者近影というものが好きでなかったから」とのこと。
作品として小説を読むのに、「著者近影」が目につくと、どうしても作品を読むに当たって、その写真の印象に引きずられてしまう。
なので、なるべく作品を読むに当たって先入観を与えないためにも覆面作家という方法をとったということなのだそうです。
なるほど。
そう言えば、以前に桜庭一樹トークショーに行ったときも、同じような理由から"桜庭一樹"というペンネームにしたと言っていたことを思い出したのでした。

また、何かの賞をとったわけでもないのにデビューできたのは、戸川さんの独断のおかげだそうです。
通常、新人作家の本を出す際は、企画書を社内に提出し、それが通ってからゴーサインが出るそうなのですが、坂木さんの場合、戸川さんが作成した企画書の内容が

  • 作家名:不明(新人)
  • 内容:ひきこもり探偵
以上

というものだったそうです。
企画書って、いったい......。
こうした「戸川さんの独断のよるデビュー」した作家としては、坂木司さんの他にも、伯方雪日さんや大崎梢さんがいるそうです。
ここでかなり戸川さんの話題で盛り上がってしまいました。
特に、いしいひさいちの描く戸川編集長の顔で......。
すみません。

今後の予定としては、12月16日に光文社から『短劇』という作品が出版されるそうです。
これは、光文社の案内小冊子「本が好き!」に連載されていた15~20枚ほどのショートストーリーをまとめたもので、なんと、「初めて人が死にます」。
人が死なないミステリが身上だった坂木司にいったい何があったというのでしょうか。
ヘリウムガスが足りなくなってきたのか、二人羽織でいることに疲れてきたのか、それともやっぱり身丈2メートルを超す巨体の持ち主だったのか。
とにかく、3話以降からが変わってきているとのこと、どんな風に変わっているのか楽しみです。
TRICK+TRAPで、サイン本販売もできたらいいなあ......とのことでした。

そんなこんなで、すっかり身丈2メートルを超す巨躯も、不気味なKKK風の頭巾も、ゆったりとしたガウンも、ドナルドダックの声も、気にならなくなってきた頃、時計をフト見ると......キャー!
もう19時半を超えているのですよ。
今日、この部屋にお伺いした時間は14時。
なんと、5時間半もお相手していただいてしまっていたのでした。
いやいやいやいや、これはどうもお忙しいところをホント、申し訳ありません。

では最後にひとつだけ、「覆面作家・坂木司の正体とまではいいません、せめて性別だけでも教えてください」。
すると......5時間半も被り続けていた頭巾をとろうとした坂木さん、その手を止めて、

その書いたサインの字体を見て判断してください。

そして、部屋の奥へと消えていったのでした。