初野晴『退出ゲーム』は表紙と帯で損をしている

船橋のときわ書房にいる"アニキ"なカリスマ書店員、宇田川拓也さん。
どうやら彼を"アニキ"と呼ぶ風潮は、シンクロニシティ的に発生しているらしいのですね。
宇田川さんからの情報によると、知り合いの出版社の方からの電話で開口一番「アニキ」と言われたのだとか。
これぞシンクロニシティですよ、シンクロニシティ。

そんなアニキが今いちばんお勧めの作品が、初野晴の新刊、『退出ゲーム』なんですよ。
「これ、帯の"青春学園ミステリ"なんて言葉に惑わされず、騙されたと思って読んでみてよ。もう後半の2編なんて島田荘司かと思うくらいにスケールが国際的になるから。御手洗潔モノの高校生版だと思えるから」。

......そんな勧められ方をされると、気にならない訳がありません。
何しろ"アニキ"なんですから。カリスマ書店員のアニキなんですから。

で、早速読みはじめたのですが......ウッヒャー、こりゃスッゲー!
全部で4篇の短篇が収載されているのです。
前半2篇は高校生活における「日常の謎」系なのですが、これがきっちりと論理が組み立てられており、ちゃんと落としてくる。
まるで「コトリ」と音を立てて落ちてくるようなんですよね、論理のそのあまりの美しさが。
これだけでも「いいね、いいね」となるのですが、後半の2篇がまた凄まじい。

日本推理作家協会賞の短篇賞のノミネートにもなった表題作「退出ゲーム」は、演劇部と主人公たちが即興のお芝居で対決するというもの。
ありゃ、こう言ってしまうと、何だか身も蓋もない。あまり面白そうな話には感じられませんね......。
しかし、そうじゃないんです。
お芝居の展開を、これがまた美しい論理でキッチリと蟻の這い入る隙間もないほどに組み立てられているんです。
もちろん、伏線の提出もさりげなく行われているから、後半になって、その伏線の回収に次ぐ回収の展開はとってもスリリング。
まるで我々読者も、そのお芝居の観客になって、リアルに目前で演じられているかのような、そんな気さえ起こさせるのです。
そして、最後に待ちかまえていたのは、アニキが言っていた「島田荘司張りに重くて大きな"裏"のテーマ」。
しかし、そのテーマの提示が実にさりげないため、島田荘司のように"壮大過ぎて荒唐無稽(←いい意味でですよ)"といったことはまったく感じさせないのですね。
事実としてスッと受け入れられるのです。そして圧倒的な感動が待ちかまえているのです。
うひゃー、電車の中で読んでいたからヤバイのですよ、こりゃ。

そして最後の「エレファンツ・ブレス」。
これは......ヤバイです、ヤバイ。
やはり扱っているテーマは、かなり重いのですね。
それだけに迎えるラストの感動は計り知れないものとなってくるのです。
島田荘司で言うところの「数字錠」を思わせる圧倒的なエンディングでしょう。
そして島田荘司といえば、何より『水晶のピラミッド』を思わせる作者の仕掛けにも目を見張ります。
(う、ネタバレ......かも)
もう、何を言ってもネタバレになってしまうのがこの名作。
名作だから勧めたい、勧めたいけどネタバレになっちゃう。
そんな矛盾した気持ちに襲われる程の名作なんです(←訳判りません)。
とにかく、この作品ではもう、ラスト、読むぼくは涙がジョビジョバの洪水状態だったんですから。
電車の中で。
会社帰りの電車の中でポロポロ泣いているサラリーマン。
いったい周りの乗客にはどう思われていたんでしょうかねえ。

いや、もうこの初野晴さん、帯や表紙に騙されてしまって、危うく読まず嫌いでスルーしてしまうところでした。
この感じは以前にもあったな......と思ったところで、あ。
米澤穂信なんですよ、米澤穂信。
『氷菓』の評価(オヤジギャグみたいだ)がメチャクチャよかったのですが、角川スニーカー文庫ということで「ちょっとなあ」。
それでも、たまたま手にする機会があって読んでみたところ......なんじゃ、こりゃあ!
すっかり角川スニーカー文庫だと思って舐めていました。すみません。
ちょうど、あのときのような衝撃を今回も感じたのでした。

初野晴、その帯や表紙に隠されていた作品の本性が明らかになったとき、一気にブレイクしそうな気がしますねえ。