観た映画を忘れないうちにメモ

オンラインレンタルだったら、Webサイト上や通知メールで「何を借りたのか」という履歴が残るからいいのですが、リアル店舗だと、手元に一切記録が残らないので、何を借りたのか判らなくなってしまうのですね。
これだけWeb技術が発達しているんだから、TSUTAYAだったらWebサイト上に「マイページ」なんてあったりして、借りたDVDの履歴を確認したり、これから借りたいDVDの在庫を確認、もしあれば「予約」とかできたら、絶対にはまると思うんだけどなあ……。

そんなわけで観た映画(の一部)を忘れないうちにメモしておきます。

「カクタス・ジャック」
そもそもがクライム映画といううえに、ジャケットの絵の不気味さに、なんとなく「ああ、暗そうな映画だよなあ」。
さらにはこの映画監督、「メキシコのタランチィーノ」と呼ばれているとかいないとか。
そう言われてみると、このジャケットは確かに「レザボアドックス」のにおいがするんだよなあ……と思いつつ観てみたんです。
そしたら

ええーっ、いったいこれは何!?

雰囲気が全然違うじゃないですか。
明るいのですよ、明るい。メチャクチャ明るい。ラテン系。ビバ、サンバ!(それはブラジルか)

いや、確かに扱っている内容は「クライム」もので、非常にハードなものなんですよね。
痛いシーンもあります。でも痛くないんです。
なぜなら、きっとこの映画では、その「痛いシーン」を見せることが目的ではなく、単に話の流れで必要になったから入れた、とそんなノリなんですね。
そう、この映画では、物語のすべてに必然性があって、どんなにくだらないことであっても、後々の展開の伏線になってしまうのです。
だから一度始まってしまうと、もう目が離せません。
ストーリー展開も、ドンドンと風呂敷を広げていって、広げていって、広げていって……。
「これって、どうやって収束させるのだろう」と心配になった頃に、「あ、なるほど」。
そう来るのか……と、思わせておいて、

え? え? え? え? ……えー!?

もっともっと風呂敷を広げてきてしまいましたよ。
もう終わりも近いはずなのに、さらに展開が複雑になっていくばかりなんですね。
ああ、いったいどうなってしまうの、と最後までドキドキ楽しめること請け合いです。

考えてみると、ここ最近「英語以外」でのクライム映画って、「ニキータ」や「レオン」なんかのおフランス映画が多かったのですが、どうも苦手だったんですよね。
「TAXI」とか「トランスポーター」とかも苦手。
だから今回は、メキシコ映画なのでスペイン語と、さらに馴染みない言葉で楽しめるかなと心配していたのですが……いえいえ。メチャクチャ楽しいのですよ。楽しくて面白い。
これはきっと、スペイン語という“メラメラと燃えるような語感”がきっと、アクションものに映えているからなのかもしれません。
逆に、苦手なフランス語って、「ジュ・テーム」みたいに甘く切ないウィスパーボイスですからね。
迫力あるアクションシーンには不釣り合いのように思ったのかもしれません。

“メラメラと燃えるような語感”といえば、ぼくのなかでは広東語も入りますね。
ああ、だからか!
「男たちの晩歌」や「インファナル・アウェイ」などの香港映画も好きなんですよ!

「女囚さそり 第41雑居房」
前作「女囚701号 さそり」で見せられたあまりの凄まじいパワーに圧倒され、すぐ2作目も借りてきました。
いやあ、かつての邦画って、画面からも溢れ出すほどの活力がみなぎっていた時代があったんですね!
2作目も、これまた前作に負けず劣らず嬉しくなってしまう“怪作”でした。

まず、主役の梶芽衣子。主役ですよ、主役。ヒロインです。
その主役、ヒロインの梶芽衣子に、ほとんどセリフがありません。
セリフがない主役なんて、他にあったでしょうか?
なのにものすごく観客に語りかけてくるんですよ。あの目が。
確かに彼女ほどに凄まじい眼力を持っているのでしたら、下手にペラペラとセリフをしゃべらせるよりも、じっと黙って、眼力で語りかけてくる方が、圧倒的な迫力を醸し出すのですよね。

今回の映画では、セリフがない分、梶芽衣子の魅力が200%引き出せていたといってもいいほどです。

あと、前作に続いて、今回も現代映画ではあり得ないような演出があちこちで爆発状態。
凝った照明(一部のみ浮き上がらせたり、原色を多用してケバく照らす、など)は、今回も多用されていたのですが、それ以上に驚かされるシーンがもっと出てきているのです。
ストーリーの流れをぶった切るように浄瑠璃風に女囚の罪状を紹介したり、いきなりセットが転換して別シーンになだれ込んだり。
(バス車中のシーンが、いきなりセットが展開して裁判所でのシーンに“早変わり”してしまうところでは、もう、「劇団離風霊船か!」とツッコミを入れたくなってしまいます)
また、山中で暴行されたうえに殺されてしまった女囚を、仲間が発見するシーンでは、いきなり川が血の色に染まります。
当然、昭和47年の映画ですからCGなんてことはないでしょう。
なので本当に川に染料を流していたのでしょうか……今の邦画界では考えられない演出です。

前作では刑務所内での所員や女囚仲間から受ける“暴力の理不尽さ”を描いていたのですが、今回はそういった“外面からの理不尽さ”は影を潜めているんですね。
逆に大きくクローズアップされたのが、“犯罪者であることの理不尽さ”。
女囚たちの心の揺れという「心象」をテーマに扱っているだけに、前作のような明快な理不尽さを描くことができません。
心象を「イメージ」として描いているだけに、余計にアクロバティックなまでに飛躍する演出が必要だったのでしょう。
いやあ、引き続きあと2作も楽しみになってきました。

ところで梶芽衣子。
あんなにクールな表情して、クールに振る舞っているのに、脱走して荒野を走っていく姿が意外と可愛いのには、思わず興奮してしまいました(いわゆる女の子走り)。

「輪廻」
「優香ちゃん目的」と、ちょっと不純な動機で借りてしまったのですが……うーん。
世間的には評価がメチャメチャ高いのですが、ぼくにはどうも、やっぱり清水崇監督作品って体質的に合わないのです。全然面白いとは思えないのですよ。すみません。
そもそもストーリー展開がよく判りません。
なぜに35年前に殺された人が、今、この時期になって甦るのか、とか。
甦った人たちはなぜあんなゾンビの格好になって歩き回るのか、とか。
(だって甦ったといっても…(略)…じゃないですか。ゾンビの格好になること自体、おかしいのですよ)
いやいや、アイデアとしてはよくできていると思うのですね。
特にラストにおけるどんでん返しは、それまで描かれてきた伏線が見事に相まってとても効果的なんですね。
それだけに、ストーリー展開の必然性のなさに「うーん」。

ただ、優香ちゃんは意外と女優してるのですよね。
オープニングからはしばらく続くどんよりとした表情、佳境に入るにつれて徐々に増してくる恐怖感、そして衝撃のラストシーンまで。
彼女目的で借りたにもかかわらず、結構やるなあと惚れ惚れしちゃいました。

あ。
体質的に合わず、苦手意識が走ってしまう清水崇作品ですが、唯一楽しめて、好きな作品がありました。
「怪奇大家族」です。
あの番組を思い出してしまうと、もう「ウルトラマン」と「怪奇大作戦」を足したような主題曲と、「サザエさん」に「ウルトラマン」を足した画面が頭から離れません。
♪怪奇大家族ぅー

「発狂する唇」
ウワサに違わず、何でもアリのハチャメチャおバカ映画。
企画としてはいいのです。このバカバカしさ、ぶっとび感、やりたい放題、イケイケドンドン。
登場人物も皆、ひと癖どころか百癖も三百癖もありそうなアヤシサが大爆発。

なのですが……うーん、どこかしっくりこないのですね。
キライじゃないのですよ、こんなおバカは。なのに、ダメだったんんです。
ひょっとすると、“何でもあり”ということでやりたい放題をやったときの「ふざけたところが目についているのかも」と。
監督が例えば、三池崇史やタランティーノだったら、彼らはどんなにふざけた内容であろうとも、「真剣な顔つきでまじめにつくっている」という姿勢が見えてくるのですよね。
だからこそ、余計にその「まじめさ」の結果が「おバカ」と、落差が面白くて楽しめるのだと思うのです。
しかしこの作品は、逆に「ふざけてつくってみました」という態度しか見えてこないので、“映画サークルの学生がつくってみました”的なノリしか見えてこないことに、ちょっと面白さが感じ取れなかったのではないかと思うのです。

「マインドハンター」
現代版「そして誰もいなくなった」ですね。
トレーニングのために孤島に取り残されたFBIの新人たちが徐々に殺されていき……というもの。
さすがは現代版(+ハリウッド作品)というあたり、閉じ込められる孤島は軍の施設であり、武器が多数あるんですよ。
だから反撃に出るかと思いきや、犯人の方がもっと上。ドンドンと殺されていきます。
互いに疑心暗鬼になった生存者が拳銃を向け合うシーンなんて、ギャング映画じゃないのですから……と大爆笑必至ですよ!

ただ、それだけ楽しめたストーリー展開ですが、真相に至っては「ふうん」。
正直、意外性がまったく感じられないのですよね。まあそういうこともあるだろう、と。
そもそも犯人は、あれだけの手間を掛けて人を殺していく必要性があったのでしょうか?
準備がメチャクチャ大変だ……というか、いつ準備したのでしょうか?

何と言っても、このパターンでは既に「アイデンティティ」で大衝撃を受けてしまったので……。
これから先、あんな超オキテ破りの作品を超えるアイデアがない限り、もう二度と孤島モノや嵐の山荘モノなんて観られない身体にされてしまったのでしょうか。