「キサラギ」と「ホステル」一挙2本立ての土曜の夜中

いやいや、ようやく観ることができましたよ、「キサラギ」。
「オモシロイよ」「どんでん返しの妙が冴えてるよ」と、これまでウワサは散々聞いていて、ずっと気にはなっていたんですよ。
しかし縁がないと、なかなか観るきっかけもなく、ついズルズルと日が延びてしまっていたのでした。
で、ようやく観ることができたその感想は、「もっと早くに観てりゃよかったよ……」。
後悔、先に立たず。

でもホント、面白いじゃないですか。
すべてのシーンに伏線を持たせてあり、その伏線がラストシーンで一気に畳み掛けながら回収されていく小気味よさったらありゃしません。
ストーリー展開だって、まるで「毒入りチョコレート殺人事件」を思わせるどんでん返しの連続に「うーん、スッゲー」。

いや、確かにこれを“ミステリ”として観てしまうと、真相はあまりにあっけなく見えてしまうので、意外性は感じられないかもしれません。
でも、この映画はあくまで真相を知るための物語ではないのです。
「いかにラストに向けて話を持っていくか」という過程の美しさを観るための映画だと思うのですね。
そう、ミステリで言えば“倒叙モノ”ですね。
刑事コロンボや古畑任三郎が、いかに犯人を追い詰めていくかを楽しむタイプのミステリ。
ただ“倒叙モノ”のお約束としては、観客は犯人が誰だか知っているのです。
ところがこの映画では、観客も真実を知りません。そのため後から後から情報が出てくるため、どれが正しい情報なのか判らなくなってきてしまいます。
つまり、観客も一緒になって真実に至る過程を楽しむという、新しいタイプの“倒叙モノ”といえるのではないでしょうか。
ああ、できれば何の予備知識もなく、いきなり観たかった……。
(「だったら、もっと早くに観ておけよ」って言われそうですが)

そんな「キサラギ」に興奮冷めやらないまま、もう1本観ちゃいましたよ、「ホステル」。
何ちゅう組み合わせだ、そりゃ。
この「ホステル」は、これまでヘヴィィィーなウワサばかりを聞いてきたので、ついつい腰が引けてしまっていたのです。
しかし、「キサラギ」と対極する映画である(と思う)ので、「キサラギ」を観た興奮を冷ますにはちょうどよいかな、と思い切って観ることにしちゃいました。

すると……ああ! 何ということでしょう!
この映画、実はまったく期待することなく観たのです……が、スゴイのですよ、スゴイ!
確かに、ウワサどおりのグロいシーンが「これでもか」「これでもか」と出てくるので、「ヒィィィィー、イタイ、イタイ、イタイ、やめてください、やめてください」と登場人物と一緒に悲鳴をあげながら観ていたのです。
が、しかし。
グロいシーンを「これでもか」「これでもか」と見せておいて、いきなり「ハイ、終わり」という「単なるスプラッター映画」ではなかったのです。
それだけで終わらせないところが、スゴいんです。

そもそもこの映画、冒頭で不気味な部屋の様子を見せて、これから起こりうるであろうショッキングな展開を予感させてから後は、延々とヨーロッパを旅するおバカ3人組のストーリー描写に移るのです。
オッパイはポロポロ出してくるわ、下品な会話でエロバカしているわ、とくれば「13日の金曜日」の例を出すまでもなく、彼らには確実に死亡フラグが立てられていると予想できるのです。
話が進むにつれ、やはり1人減り、2人減り……。
そして、ついに3人目にも刃が向けられたところで、ストーリーが大きく変わっちゃうではありませんか!

ええーっ、何それー? マジでー? ウッソー!!!

後半に入ってからはずっとコレですよ、コレ。
そもそもぼく、いったい何の映画を観てるんだっけ……?と変な錯覚も覚えてしまいます。
もうね、これまで散々出尽くしてきた「単なるスプラッター映画」ではなくなってきているのです。
主人公たちがどんどん殺されていくという理不尽な目にあうための“ちゃんとした理由”が用意してあり、そしてなんと、そのための伏線となるセリフも途中に挟み込まれているんですね。
もうそれだけで感動ものなんですよ、ぼくは。
すぐ「ホステル2」も観たくなってきたではないですか。

またファンとして嬉しいのは、三池崇史がチョイ役ながらもメチャクチャ存在感あるところ。
何しろ、彼が登場すると、ストーリーが前半から後半に転換する上での重要なキーワードとなるセリフを言ってるんですよ。
まあセリフそのものはたどたどしいんですが、そこはまあ、そういう役作りをしたということで……。

そんなわけで、この「ホステル」はまったく期待せずに観ただけに思わぬ収穫でさらに興奮してしまい、眠らなくなってしまいました。
結局、土曜の夜はオールナイト、寝たのは朝の8時になってしまったのでした。
何だかムナシイ。