ひょっとこ乱舞「トラビシャ」(こまばアゴラ劇場)

今日は、ひょっとこ乱舞の新作「トラビシャ」を観に、こまばアゴラ劇場にレッツラ・ゴウ!
ひょっとこ乱舞「トラビシャ」(こまばアゴラ劇場)

ひょっとこ乱舞と言えば、奥さん、前回ぼくが初ひょっとこ乱舞観劇だった「銀髪」で、会場が吉祥寺シアターというメチャクチャ広い空間に一切セットを置かない状況で行われながらも、その圧倒的な迫力でステージの広さをまったく感じさせなかった劇団なんですよ。
それが今回の会場は、こまばアゴラ劇場と言う小さな空間。
吉祥寺シアターと比べるまでもなく、典型的な"小劇場"という場所で、果たしてどのような演出がなされているのか、とても楽しみなんです。

入場は、いつもの外階段ではなく、事務所などにも通じる内階段からとなります。
足を踏み入れると、やはり!
さすがはひょっとこ乱舞、ステージにはセットが一切ありません。
そのステージが真ん中に配置され、そこを挟むように両側に客席が設置されています。
自由席となっている客席には、多数のチラシとともに、ポータブルラジオが置かれてありました。
どうやら、上演中にラジオを聴くようになっている趣向のようなのです。
おお、なんだかすごそうだぞ、とワクワク。
また「お持ちの携帯で、空メールをお送りください」とのお願いもあります。
空メールを送信しておくと、上演中に、送られたアドレスに宛ててメールが送られてくるようになっているそうです。
これまた面白そうだぞ、と席に着くなり早々に登録しておきました。
ワクワク。

【ご注意】
以下、ネタバレ的な感想もありますので、改行して記します。
ご注意ください

物語は、年端もいかない実の娘を殺してしまった母親が、ネット掲示板に助けを求め、そして現れた別の子どもを自分の子どもとして生活を始め、やがて逃避行するというもの。
いたってシンプルであり、現実世界における登場人物は、ほとんどいません。
しかし物語の展開は、そんなシンプルなストーリー構成を打ち砕くかのように、複雑なメタ構造を伴っていき、重厚なものと仕上がっています。
その1つが、母親が書き込みをしたネット掲示板における"ネットのなかのひと"。
彼らが登場することで、ネット世界における書き込みと現実世界がリンク、「母親のいる世界」と「ネットのなかのひと」が曖昧になり、どこまでが現実世界なのか、どこからがネット特有の"ネタ"なのか、判らなくなっていくのです。

さらにストーリー展開の構造を複雑化させるのが、"観客"の存在。
我々"リアルな観客"だけではなく、"物語内に登場する観客"もステージ上には存在しており、"トリックスター"となって縦横無尽に物語を解説していきます。
やがて、"物語内に登場する観客"はその存在を暴走化、自らの手で物語の進行を始めてしまい、遂には物語世界を解体し、我々"リアルな観客"を巻き込み「メタメタな物語」へと仕上げてしまうのです。
また「メタメタな物語」を支えるのが、実験的な仕掛けの数々。
上演中に"ラジオを聴くよう"指示が入ると、イヤホンから流れるのは、物語のさらに外側にある"ラジオの世界"における人物の語り。
その人物の語りが、物語とリンクをしてしまうことで、物語の「メタメタぶり」が際だってくるのです。
そして、上演中に"リアルな観客"の携帯に送られてくる登場人物からのメール。
登場人物のひとり、
"リアルな観客"はそのメールに返信をすることで、物語に参加することができるのです。

このように、物語の骨格そのものはかなりシンプルなのですが、数々のメタな仕掛けを施すことによって、かなり重厚な構成になっていたのでした。
メタフィクション好きなぼくとしては、もうこの構成には「うわー」「うわー」とやられっぱなしだったのでした。

もちろん、演じている劇団はひょっとこ乱舞ですから、舞台における迫力も健在です。
特に、圧倒的だったのが登場人物全員揃ってのダンスシーン。
オープニングで踊られたダンスがラストシーンにも回帰していくのですが、このラストでは全員揃っているはずの動きが徐々に崩れ、別々の動きへと変わっていくのです。
さらにひとりひとりが退場していき、やがて最後に残った1人もダンスをやめます。
この動きは、現代社会におけるチャットや掲示板など、ネットの世界を体言化したものではないかと思わされたのでした。
そして1人残った登場人物が、幕切れに放つセリフ。
あの「ひと言」は、攻殻機動隊の「STAND ALONE COMPLEX」に通じるものがあると思うのですね。
「トラビシャ」というタイトルからはまったく想像できなかったのですが、この作品は、ネット社会がここまで発展した今だから生まれべくして生まれた作品であり、また、観客をも巻き込むことができた、野心作であると言えるのかもしれません。

ただし残念だったのは、観客を巻き込む要素が少なかったように感じたところでしょうか。
登場人物から、我々"リアルな観客"に何度かメールは送られてきたのですが、"リアルな観客"である我々から登場人物に向けて返信メールを送るのは1回だけ。
これにはかなり物足りなさを覚えてしまうのでした。
うー、もっとメールを送りたかった......。
また"送られたメールが物語に影響を与える"とアナウンスされたところで、筒井康隆の『朝のガスパール』のような趣向を想像してしまったのでした。
朝日新聞に連載中に、読者が特設BBSに書き込んだ内容が物語に反映されていくという、アレです。
てっきり観客が送ったメールをもとに、物語の一部が即興で創られていくのかなと思っていたのですが、残念ながら、送られたメールをプロジェクターで映し出されるに留まるのでした。
うー、もっと物語に"リアルな観客"を取り入れて欲しかった......。
確かに作家ひとりが作り出す小説と違って、集団創作である演劇では、上演中に物語を創り出すことは難しいかもしれません。
ただ、ひょっとこ乱舞における作家および役者陣の力であれば、そういった実験的な手法も可能ではないかと期待してしまうのですが......。
いつかはそういった"力業"も見せてもらえることを期待したのでした。

終演後には、「今日の打ち上げを行いますので、どうぞ皆さんもご参加ください」とのアナウンス。
なんだかドサクサに紛れて、残ってしまいましたよ。
劇場内に用意されたお菓子や飲み物を頂きながら、周りを見回すと......おおう。
残って劇団員の方々と歓談しているのは、どうやら"その道の方々"ばかりのようなのです。
シロートの方って、まったくいないんじゃないかしらん。
そう気が付くと、クロートの中でシロートのぼくがいることが、メチャクチャ浮いてしまっているように思えてきて、「恥ずかしい......」。
それでも、こんなに浮いてしまっているシロートのぼくを役者の方々は優しく接してくださるのでした。
ああ、女神のような方々だ......。
そんな訳で調子に乗ってしまったぼく、ここぞとばかりにアレコレとお話をさせてもらったのでした。
どうも皆さん、ありがとうございました。

すっかり"打ち上げモード"に酔いしれてしまい、アゴラ劇場の外に出てみると、もう夜は更けていて、すっかり深夜モードの駒場の住宅街なのでした。
深夜モードになってしまい、人気を感じさせないアゴラ劇場