ハニカミ王子じゃありません、カミカミ王子です。
ぼくがその場の思いつきで命名しました。
最寄り駅から家に向かって帰る途中の住宅街にある「ネコだまりスポット」です。
ここに、ネコだまり界のプリンス「カミカミ王子」がいるのですよ。
今日も通り掛かると……いたいた、いましたよ。
街灯の明かりも届かない道端に、ひっそりとたたずむその影は……カミカミ王子こと、黒ネコのクロです。
もう、このネコだまりスポットでは、このクロはいったい何代目になるのでしょうか。
かなりの数のクロが現れては姿を消し、また現れては姿を消し……を繰り返してきました。
しかし、いつも「クロ」は「クロ」だったのです。
それ以外の名前で呼ぶことはありませんでした。
ところが、今回のこの「クロ」は違います。
初めて「クロ」という名前以外の呼び名を襲名したのですよ。「カミカミ王子」。
なぜカミカミ王子なのか、それはこのあとの様子を見ていただくと判ります。
実は以前にも親しく遊んだ仲の「クロ」とぼく。
クロの方から、「いよう、久しぶりだな」とハイタッチでご挨拶してきてくれました。
(手は全然高いところにないけれど)
このあと、ヤツはいきなり「カミカミ王子」に変身してくるのです。
まずは手の様子を探ります。
「ん~。ここ、とってもいいにおいがする。お母さんのにおいかな? ……くんくん」
そしていきなり来ましたよ。
「カプッ!」
どうですか、このご機嫌ぶり。
メチャクチャご機嫌じゃないですか。
ネコ、特にノラネコと言えば、不機嫌そうな顔が定番です。
なのにコヤツは、人の指先を噛んでいればご機嫌な顔をしている、まるでイヌのようなネコなんです。
ちょっとでも逃げだそうとすると、「逃がすか」。
思いっきり爪を出した前足で押さえつけられて引っ掻かれ、散々オモチャにされたのでした。
そのうちにぼくの指の異変に気が付いたのでしょう。
「あれ? この指、どうかしたの?」
とりあえずは心配をしてくれているようです。
しかし、「どうしたの」もこうしたのもありません。
甘噛みとじゃれ合いとは言え、ずっと牙で噛まれ続けて、爪で引っ掻かれ続けたんですから。
そんなぼくの心の声が届いたのでしょうか。
「うわっ! 血が出てる!」
自分で噛んで、引っ掻いておきながら、血が出ているのを見て相当ビビっています。
あまりの兄の動揺ぶりに、何か異変を感じたのでしょうか。
ずっと木陰からその騒ぎを覗いているだけだった弟がようやく顔を出してきました。
「どうしたの、兄ちゃん」
「来るな、見るんじゃねえっ!」
兄はあくまで弟をスプラッターワールドに引き入れまいと頑張っています。
しかし弟は、「平気だよ、こんなの。ホラ……くんくん」。
あいにくと今日の弟は「カミカミ王子」どころか、「ビクビク王子」全開です。
すぐに木の陰へと戻っていってしまいました。
が、兄弟揃って「カミカミ王子」になる日も、そう遠くないはずです。