POTALIVE 駒場編vol.2『LOBBY』 未来の記憶

夜の9時。
駒場に移動して、ポタライブの観劇です。
ポタライブとは「お散歩ライブ」ということで、どちらかと言うと、これまで明るい時間に行われているような印象がありました。
夜の公演もなかったわけではないですが、今回は異例ともいえる夜9時スタート。
子供はオネムの時間なので、必然的にPG-12作品です(ウソです。そんなレーティングはされていません)。

しかし今回の作品は、そんなオネムな障害を乗り越えてでも観るべき、大傑作なんですよ。

夜の会場となった舞台は、現代の世の中にしては珍しく、明るいところと暗いところの差が激しいのです。
つまりは「光と闇のコントラスト」が大きく、当然、闇に溶け込んだところの風景をしっかりと見ることはできません。
しかし、闇の部分で展開されている出来事をしっかりと見ることができないからこそ、観客は「自分の眼で見るもの」以外にも、「耳で聞いたもの」、「鼻で感じたもの」、「肌で感じたもの」、そういったすべての感覚を総動員して作品を感じるしかないのです。
こうして観客ひとりひとりが作品を"見る"のではなく"感じる"ことによって、作品は完成するといえるでしょう。
つまり、この作品を見た誰ひとりとして"同じ作品"を見た人はいないと言えるのです。

うーん、難しい。
内容は何を書いてもネタバレになっちゃうので、かなり観念的に書いちゃいます。

内容はかなり幻想的と言えるでしょう。
案内人に連れられて夜の闇の部分が大きく支配する、ある場所を訪れる我々観客一行。
案内人に連れられて、闇が支配する夜の会場を歩く

そこでは、案内人が知る人物の話をしています。
しかしながら、会場内のあちこちで口を開けて待っている「闇」(もはや日常生活からは根絶されているはずの"非日常")の存在が大きくなってくるにつれて、案内人の語りも徐々に非日常的な世界へと潜り込んでいくのです。
それまで断片的に姿を見せていた

そして案内人の口により、繰り返し語られる印象的なフレーズ。
圧倒的な"非日常"という闇の中で、繰り返し語られるそのフレーズは、まるでスティーブン・キングの小説のように、畏怖の念を観客に与えることとなります。
そう、キングの場合はただ単に「怖い」だけなのですが、この作品において感じるのは「畏怖の念」。
圧倒的な闇のなかで繰り返される印象的なフレーズを聞くことは、はっきり言ってキングよりも怖いのです。
さらに語りとともに、案内人の動作も"非日常的"なものへと変わっていきます。
まるで歌舞伎か能のような様式的なもの。
だからこそ、語りとあわせて案内人が"非日常"の世界へとスライドして行ったかのような気持ちにさせられるのですね。

様式に彩られた非日常の動きにあわせて語られるのは案内人の幻想なのか、深層心理なのか。

そして迎えるクライマックスは実に圧巻なのです。
観客の目の前に広がる景色が、世界が、まるで上から覆い被さってくるかのような圧倒感に迫られるのです。
しかし、それは攻撃的に覆いかぶさってくるのではなく、あくまで優しく"包み込んでくる"ような優しさなのです。
確かに我々観客は、案内人に連れられてその景色を、その世界を、見ていたはずなのですが、非日常の世界に足を踏み入れてから再び見ることによって、大きく変わっていることに気が付かされるのでした。
「未来の記憶」に向かって