黒色綺譚カナリア派『リュウカデンドロン』(中野ザ・ポケット)

以前から、配布チラシやWebサイトで、その耽美的な雰囲気がとても気になっていた「黒色綺譚カナリア派」。
しかしながら、初めての劇団公演を観に行くのは、なかなか勇気のいることであったりするのです。
そんな訳で、公演があるたびに「行きたいなあ、気になるよなあ」と思いつつもズルリズルリと先延ばしになっていたのです。
ところが。
7回公演となる今回、客演に、劇団桟敷童子の板垣桃子さんが出ると知ったのですよ。
桟敷童子ファンとしては、もうこれは行かねばなりません。
そんな不埒な理由ですんません。
それでも旗揚げ公演から4年目にしてようやく、ずっと気になっていた「黒色綺譚カナリア派」を観に行くことができたのでした。
場所は、中野ザ・ポケットです。
陽暮れ直前、中野ザ・ポケットに到着

内容は、解散したサーカスの団員たちが、解散してからもなお、それぞれの想いから過去を捨てることができないまま、大きく人生が狂っていくという、愚かながらも哀しい物語です。
物語の構成は、時間軸が大きく切り取られ、時折過去のシーンが組み入れられることで、メリハリが付けられているように思われます。
しかしながら、何度か過去のシーンがフラッシュバックとして用いられてくるごとに、観客は徐々にそのシーンがその“過去にあった現実の場面”なのか、それとも“現在、ある登場人物が見ている幻”なのか、判らなくなっていくのです。
そして語られる、ある隠された真相。
その真相は、ストーリー展開で“ある仕掛け”を施すことによって観客からも隠されていたため、中盤で一気に明らかにされることで、どんでん返しの効果を生んでいるのでした。
また、それまでには伏線が随所で示されており、真相が明らかにされることでその伏線が一気に回収されるさまは見事です。

しかしながら、残念だったのはその隠された真相を暗示する台詞があったこと。
その台詞があったために、ある程度ミステリに慣れていたり、勘のいい観客には「ひょっとして……」と隠された真相の可能性に思いいたるのです。
確かに、あの台詞は真相にいたる伏線、それもかなり重要な伏線ではあったので、必要だとは思うのですが……うーん。
伏線として重要な台詞だからこそ、一歩間違うと観客が真相へと気付いてしまう、かなりキワキワの難しい位置を占めるのですね。
重要な伏線として外すことはできないし、でもヘタすると真相がバレてしまう。
しかし逆に真相がバレなければ、この重要な伏線は真相が語られたときに観客に大きなカタルシスを与える効果を持っていると思うのですね。
なかなか難しいところです。

そして、やがて迎えるクライマックス。
ラストシーンはかなり衝撃的です。
「そう来るのかっ!」と直接的に観客に訴えてくる圧倒的な衝撃感。
この衝撃的なラストシーンを、俳優たちが全身全霊かけて演じているため、その迫力も加わって観客を圧倒するのでした。

何より、板垣桃子の眼力(めぢから)が、「現在」「過去」「その後」における女性の心象を使い分けているところが素晴らしい。
また、彼女の履く“赤い靴”が、「過去」の華やかさ、「現在」の力強さ、「その後」のみすぼらしさや、過去にしがみつく女の性といったものを象徴的に現していたのが印象に残ったステージでもあったのでした。
黒色綺譚カナリア派『リュウカデンドロン ~サーカステントか幼馴染の赤いスカート~』