宿題の資料調べのつもりが……

今週土曜日に第3回目が行われるワークショップの宿題で、ちょっと引用したいなあというシーンがあり、楳図かずおの『わたしは真悟』を段ボールから引っ張り出してきたのでした。
最近では文庫サイズ版などでも再版されているようですが、ぼくが持っているのは昭和61年に刊行されたビッグコミックスピリッツです。
久々に取り出すと……あらら、かなりページが焼けちゃってますねー。ショック。
表紙カバーも色が変わり始めてきています。さらにショック。
この本を買っていた当時は、本なんて全然大切に思う気持ちなんてなかったから、全然丁寧に扱っていなかった証拠ですね。
今頃になって出てきてしまっています。
もともとコミックと言うことで、あまり紙質もよくなさそうですし、ちゃんとケアをしたつもりでも、かなり状況は厳しかったかもしれません。
ページを開くと……おお、古本屋のかほりがする……。

そんな訳で、ビッグコミックスで言うと9巻の真ん中あたり、「真悟が丸になった」物語のクライマックスをどう料理してくれようか、と読み悩んでいたのですが、どうにもこうにもガマンできず、結局最初から読み直しちゃっているのですよ、オレ。
ああ、そんなことでいいのでしょうか。

しかし今の、世界中のコンピュータや様々な機器がネットワークによって接続されているのが当たり前の状況である今、改めて読み返すと、楳図センセイってかなりすごいんですよ。
何しろ、(メチャクチャな方法と言えばメチャクチャですが)コンピュータがどんどんと進化していって、地球上にあるすべての機器とつながってしまうと言う展開なんですもん。
まさにこれって今ある現実そのまんまですし、さらに言えば、完全に『攻殻機動隊』じゃないですか。

そうか、『攻殻機動隊』か……。
そう考えると、『攻殻機動隊』で描かれていた“ネットワーク内部の描写”も、既に『わたしは慎吾』で描かれていたコンピュータ内部のプログラムの動きとメチャクチャよく似ています。
(でも楳図センセイのコンピュータ内部の描写はDNAチックだし、そもそも取材時に「コンピュータは内部で“(プログラム)コード”によって動いているんです」という説明を聞いた楳図センセイ、何を思ったのか、その説明をもとにコンピュータ内部に“電源コード”を描いちゃったという話らしいのですが)

うーん、結局パラパラ読みでラストまで行ってしまいました。
宿題が……。
まあ、そこはそれ、何とかなるでしょう。だってこんな大傑作を読んだんだもん。
そんな訳で、これでも見ながら寝ることにします。
「333ノテッペンカラトビウツレ」
「333ノテッペンカラトビウツレ」
さ、みんなで悟のオカンになりきって、見上げましょう。
そしてハンドスピーカーで思いっきりためて、ためて、ためて、ためて……一気に

わっ!

と叫んじゃいましょう。
メッチャ怒られると思います。
(アカンやん)

しかし、amazonでの『わたしは真悟』、いったい何じゃこりゃ。
全然書影がないやん。