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駒場でポタライブワークショップ中級「4.出演」

「週刊ポタライブ」状態と、まるでディアゴスティーニの出版物のようになってしまっている(最終号まで達成すると「ポタライブ」が出来上がります)ワークショップですが、早くも今日が4回目。
全7回の折り返し地点です。

しかしこのポタライブのワークショップシリーズについて、「初級の時は詳しく内容が述べられていたけど、中級になったとたんに内容が書かれなくなった」とのご意見をいただきました。
なるほど、言われてみればそのとおりです。
なぜかというと、実は中級篇になると内容を書くのがメチャクチャ難しいのですね。
いや、別にネタバレとかそういったことではなく、行っている内容が初級と全然異なるのです。
実際には初級も中級も、どちらも毎回テーマがあります。
そのテーマに完全に沿った課題を与えて、それを発表していくスタイルが初級なんですね。
ところが中級になると、テーマはあくまで「方法論」。
実際に行うのは、“自身がつくった作品”についてのブラッシュアップと、自分が関わりたいと思った“他の参加者がつくった作品”について、「何をどうしたいのか」といったプレゼンテーションや作品発表の連続。
なので中級では毎回何らかの形で作品発表の場があり、内容の紹介が難しいのですね。
その代わり、毎回がとても面白く、「プロの作品をこんなタダで観てもいいのだろうか」とも思えるほど楽しい時間であるのです。
もちろん、楽しく観られる他の方の作品発表だけではなく、自分の発表もしなければなりません。
そんな時間だけはもう逃げ出したくなるほど辛いのですが。

そんな訳で今回のワークショップでも、プレゼンテーションは非常に多岐にわたる内容で、終わってみると、なんと始まってから5時間半も経っていたのでした。
しかしそんな長時間であったことをまったく感じさせなかったのは、やはりどの発表もとても楽しく、まるで「ポタライブ作品のアラカルト」のように楽しめたからなのでしょうね。

まずはこちら。
海パン姿の男がふすまを遠くを歩いている姿です。
海パン姿の男がふすまを遠くを歩いている
“陸(おか)サーファー”ならぬ、“伝説のふすまサーファー”がここ、駒場の地に現れましたよ!

東大駒場キャンパスの奥へ奥へと歩いていくと、こんなコートがありました。
皆でそこで「何かを待ちながら」です。
皆で何かを待ちながら
……すると、かすかな笛の音が聞こえてきます。
その笛の音が近づいてくるのでした。
“遠き山に日は落ちて”のメロディとともに

こちらはポタライブ版「夫婦善哉」です。
落語家である夫を、陰から支える女房のいじらしい物語なのです。

がんばれ! 夫! 羨ましいな!(←男子全員の本音がちらり)

続いては、ぼくの作品(タイトルは「トイレの個室を上から覗いてみる」。何じゃそりゃ!)に、アイデアを出していただいた方々の発表です。
まずはこちら。
匿名性を打ち出すと言うことで、仮面とおもしろメガネを掛けて登場してもらうという趣向だったのですが……コワイです、コワイ。
打ち合わせ中なのにコワイです
単に打ち合わせしているのに、発案者も思わず腰が引けてしまっています。

そして、お待たせしました!
「いつでものぞ器」と「いつでものぞ器」を発明した稀代のトリックスター、大道芸が本職の彼がまた、やってくれました。
その名もノゾキ魔ならぬ、“ノゾカレ魔”。
黒装束に身を包み、ノゾキに扮しているのですが、あまりに浮き上がってしまっていて彼自身が周りから覗かれてしまっているのです。
ノゾキスポットを探すノゾカレ魔、隠密行動をすればするほど注目の的です
あまりにミエミエの隠密行動に注目が集まるどころか、なんと、あろうことか(というか、待ち望んだ結果ですが)、ついに写メまで撮る人が現れましたよ!
注目の中、ケータイで写真まで撮られてしまいました

こうして衆人環視のなか、隠密行動をひととおり終えたノゾカレ魔は、元の人間の姿に戻るべく、証明写真機の中で着替えるのでした。
証明写真機の中で元の人間の姿に戻るノゾカレ魔
スーパーマンは電話ボックスで着替えますが、ノゾカレ魔はこうしてカーテンの隙間からでも簡単に覗かれちゃうところで着替えるのですね。

しかし人間の姿に戻ったところでも……オオウ。
人間の姿に戻ってもノゾカレ魔の血は騒ぐ
ノゾカレ魔としての使命は忘れず、ちゃんと後ろから堂々とノゾキをしているのでした。
(ちなみに、この覗かれている方は、たまたまそこにいた一般の方です)

こうしてすべての発表を終えると、もうとっくに辺りは真っ暗になってしまっているのでした。
最後の締めを行います
もうお腹もペッコペコです。
みんなでご飯を食べに行こう!ということになったのですが、時間が時間だけにどこも閉まっているか、満席。
かろうじて1軒、閉店時間ギリギリだったのですが、何とか入れていただきました。
しかしお店の方もお腹が空いていたのでしょう、「休止中」の札を立ててご飯を食べているのでした。
お店の方と一緒にご飯をいただく
いやあ、どうもごちそうさまでした。

移動する羊 第二回公演「語るのは鼓動」(ピット北/区域)

ポタライブのワークショップで、たまたま、たった1日だけ一緒になった方がいらっしゃいます。
「移動する羊」という劇団を2000年に立ち上げ、主宰として活動されているのだそうです。
「いやあ、その劇団は存じませんでした。不勉強ですみません」と謝ると、「いえいえ、まだ1回しか本公演はやっていませんから」。
どひゃ。

そんな「移動する羊」の第2回公演が、この週末の3日間だけ行われるとご案内いただきました。
移動する羊 第二回公演「語るのは鼓動」
土日は何かとナニですので(何なんだ?)、今日の夜で予約です。
19時30分スタートと遅めの開演時間が設定されていたのですが、いやはや、こんな時に限って、会社では席替えなんてイベントが突発的に起こったりするのですよ。
むぎゅう。

とは言うものの、自分の席にある荷物を、引っ越し先の机に移動させるだけでよいのですが、(しかも新しい席は空席なのでいつでも動ける!)、こんな時に限って今はデスクトップのPCを2台に増やしてしまっているのですよ。
幸いにして、切り替え器を使っているのでモニタやキーボード、マウスは1台分だけで済んでいるのですが、それでも切り替え器から伸びているモニタケーブルやマウスのケーブル、キーボードのケーブルが2台分もニョロニョロしていて、もう大変。
あとはノートPCに携帯の充電器、カメラ電池の充電器、その他訳の判らんものがetc、etc……。
コンセントとLANケーブルと得体の知れないもので、まるでぼくは“亀甲縛りをされた杉本彩状態”。
机の下で「ああーん(はぁと)」と悶絶して、変態オヤジぶりを大全開。
ナニをやっているんだ、オレは。
そんな理由で(どんな理由だ)、会社を出るのがすっかり遅くなってしまいました。

会場はJR王子駅前にある「ピット北/区域」です。
あらかじめ調べておいた地図で見ると、メチャクチャ簡単そうな場所なのに、現地でいきなり迷子ですよ。
「いったいここはどこよ?!」……と駅周辺を歩き回っているうちに刻々と迫る開演時刻(開場時刻ではありません)。
ヤバイのです、激ヤバ。んもう、メチャクチャ焦ってしまいましたよ。

「表でないのなら、裏だな」とようやく気が付き、道路の裏側に回り込んだところで「あったー!」。
みごと予感は的中し、無事に開演時間には間に合ったのでした。
……というか、「あったー」!と歓声を上げる前にも、「本当にここでいいかな……」と不安感を抱かせるほどのアングラスポットだったりするのですが。

今回のステージは、「ミステリー」ということで、どんな内容なのかな……とワクワクドキドキ。
自由席で好きなひな壇に腰を落ち着け、ステージに目をやると、まだ開演していないのに、もう登場人物らしき女性がステージにいますよ。
どうやら作家らしく、原稿用紙に何かを書こうとしてはうまく書けず、悶々としているのです。
これはいいですねー。
少々開演時間がおしてしまったとしても、何だかもう始まっている気分になるのでお客さんはイライラすることなく待つことができます。
……と言っても、開演するまでの間、ずっと演技をし続けなければならないので、俳優さんは大変だとは思うのですが。

そんな訳でいつの間にやら始まったステージ。
やはりステージでずっと悶々としていた女性は、「新進気鋭の若手ミステリ作家」ということでした。
しかし彼女が受賞してデビューできたのは、ほんのたまたまだったようで、もう既にアイデアは枯渇し、書けなくなってしまって悩んでいる……と言う設定のようです。
そこで「自分が実際に殺人を犯してその様子を描く“私小説ミステリ”はどうだろうか」などと考え始め、やがて彼女のモノローグにあわせて登場人物が現れ始めます。
彼ら、登場人物は彼女のモノローグに合わせて自己紹介を始め、そして登場人物も彼女を紹介する……と言うオープニングに、「おお、メタフィクションの予感!」
この先いったい、どんなメタな仕掛けがあるのだろうと、ますますドキドキワクワク。

物語の展開は、細かいパズルのピースのように分割されたシーンがパッチワークのように紡ぎあわされて構成されています。
そのそれぞれのシーンが、微妙に時間軸がズラされており、また別のシーンではそのズラされた時間帯に起こった出来事が描写されるのですね。
ストーリーそのものは、「ミステリー」と名打たれているように、嵐で孤立してしまった屋敷でパーティーの真っ最中、その屋敷の主人が死んでしまうという、いわゆる「嵐の山荘状態」という定番のスタイルです。
細かく分割されたピースのシーンごとに、時間軸が前後しながら、そのときそのときで登場人物の苦悩が浮き彫りにされ、全員が容疑者である、という雰囲気を醸し出していきます。
当然、この細かいピースの中には伏線が張られており、ラストの真相では回収されていきます。

……が!
あれ? ん? んん?
そのまま終わっちゃいましたよ!
メタフィクションの予感を感じさせたオープニングの回収は?
いや、ある意味、ラストで語られる「作家のセリフ」が、ひょっとするとオープニングでメタフィクション的な趣向を示したことへの回収になっているのかもしれません。
えー。
ぼくとしては、もっとかなりメタメタな展開を想像してしまって、ひとりニヤニヤしてしまっていたのですよ。
こんな思いもかけなかった落とし方では、完全消化不良なんです……。

また事件の真相も、いきなりアレがナニしているのです(書いちゃうとモロにオープニングから犯人がバレバレになっちゃうので書けません)。
ミステリのパロディとして用いられるほどのアレが、ナニしているので、ある意味これはレッドヘリングか、はたまたパロディか、いやいやこれがメタミステリとしての確信的行為か……と思いきや、本当にこれが真相。
せめてここで登場人物の一人が「おい、それじゃナニがアレしちゃっているじゃないか!」とツッコミをいれれば、まだメタミステリとしての救い道はあったのですが……いえいえ、そのまま終わっちゃいます。
あるいは、このストーリー自体が彼女の描いた「私小説ミステリ」であれば、確かにミステリ作家としての才能は枯渇している、と言う暗示につながるのですが……うーん、ラストのセリフからはそうとは思えなかったですし。

しかしですよ、すべてを見終わってから「もしかして」。
この舞台のストーリーは“ミステリというジャンル”を借りているだけで、決して“ミステリそのもの”を描いているのではないとしたら。
“ミステリの定番”というガジェットを用いることで、“人間を描いていた”のだとしたら。
なるほど!
そう考えると、ラストの落とし方も十分に納得できますし、また時間軸を微妙にズラしながらパズルのピースのようにシーンを細かく分割した意図も理解できます。
つまりこれは「容疑者を浮かび上がらせる」ための手法ではなく、登場人物のそれぞれが心の内に持っている思いや苦しみをじっくりと描きたかったということなのでしょうか。

面白いもので、これまで新本格ミステリというと、何かと“人間が描けていない”と言われ続け、そのため直木賞も取れないぐらいでした。
しかし今回は、逆に「ミステリ的手法」を取ることで“人間を描き出す”と言った、ある意味大胆な物語を作者は構成したのかもしれませんね。

うーん、最初から「ミステリ」として見ようとしていたので、見事、ドツボに嵌り込んでしまっていたのでした。

怒濤の英語のみすず学苑、再び

出たー!
今朝、いつものように満員状態で身動きが取れなくなってしまった電車内でのこと。
ドア際に立っていると、またしても目の前に「怒涛の英語と個人指導」の文字が飛び込んできたのです。
リニューアルされてまた乗車中ずっと眺めるハメになってしまったみすず学苑の広告

そうです。
以前、「どんな英語を学ぶというのでしょうか」で初めてその存在を知り、計り知れない衝撃度を朝っぱらから与えられたみすず学苑。
その広告がリニューアルされていたのです。
何しろ満員の電車内。
目を逸らしたくても身動きひとつ取れない満員電車のなか、目的駅で降りるまで、ずっと目の前にこの広告を突きつけられている状態は、まさに「時計仕掛けのオレンジ」なんですよ。
もう朝から思考能力完全停止に陥ってしまうのでした。

まずはやはり最初に目に付くのは凛々しいヤマトタケル。
いつ見ても男らしいぜ、ヤマトタケル!
このたくましさ、男らしさ、どうですか。
さすがはニッポン男児です。

ちなみにこちらが前回のヤマトタケルです。
やっぱり男らしいですよね。男っ前です。
前回の広告でも凛々しかったヤマトタケル
……というか、同じ写真を使っている?

そして前回の広告では満面の笑みを浮かべていた楊貴妃、メチャクチャ小林幸子風味です。
これが世界三大美女の一人なのか! 楊貴妃

しかし今回はどうしたことでしょうか、頭の飾りが減っています。
頭の飾りが減ってもやっぱり小林幸子風味には変わりありません
経費削減で飾りを減らされたのかもしれませんね。それでも小林幸子風味は健在です!
その小林幸子風味の楊貴妃は、何やら英語のテストを持ってしょんぼりしています。
あるいは「最近、お肌の張りがなくなってきちゃったの」とカメラ目線で悩む主婦?
いや、楊貴妃ですから。お金は湯水のように使えるのですから。
エステに通って、ピーリングなんてしちゃえばいいのですから。
……などと思っていると、ええええっ?!
何とクレオパトラなのでした

この人、クレオパトラだったのでした……。

ワオ。
クレオパトラって言ったら、あと鼻が1センチ低かったら世界の歴史が変わっていたかもしれない王妃なんですよ。
「フランダースの犬」じゃありませんよ(それはパトラッシュ)。
そんな世界的な王妃なのに、たかだか英語のテストごときにションボリさせているのですよ。
これはもう、ヘタすると、とてつもなく世界史レベルで物議を醸し出しそうなデインジャラス広告なのでした。
世界をも敵に回してもいいよという心意気のみすず学苑、恐るべし。

そして今回、新たに登場人物が増えています。
同じく英語のテストを返されて泣きマネ(ウソ泣きとも言う)しているこの方は……
小野小町も下手な演技で出演中
小野小町!
小野妹子ではありません、小野小町ですよ、小野小町。
前回が楊貴妃、そして今回がクレオパトラと、「小林幸子シリーズ」が計らずとも世界三大美女が登場したので、今回、急遽登板したのでしょう。
(と言うか、次回の「小林幸子シリーズ」としてもよかったのでは……と思うのですが)
しかし、遠い異国の地に赴く小野妹子ならまだしも(それでも英語じゃなくて中国語でしょう)、小野小町がなにゆえに英語のテストなんて受けているのでしょうか。
ひょっとして、この間の「ミス・ユニバース」に影響されて、「世界三大美女の私だったら少なくとも3位までには入るわね!」と張り切った結果?
ンンノノノノノォォォォ~!
ダメですダメです、全然ダメです。そんなことでは全然ダメなんですっ!
そもそも、こんなモロバレのウソ泣きなんてしている時点でダメなんですってば。
80年代の松田聖子じゃないんですから……。
これまた日本史レベルでも物議を醸し出しそうな、さらにデインジャラス広告だったのでした。
ニッポンの歴史まで敵に回すのを屁とも思っていないみすず学苑、恐るべし。

そして、前回は「ベスト・キッド」か「キル・ビル」か、あるいはジャッキー・チェン映画で「拳法の達人」として登場しそうなアヤシイ風体だったのが老子です。
実は拳法の達人だったかもしれない、老子
さすがは老子です。「孤高を貫く男」って言う感じが何ともたまりません。
キュンときますよ、キュンと。
「若手お笑い芸人コンビ」のような孔子・荘子とは一線を画しているのです。
漫才師のような孔子と荘子

ところが!
いったいその後、老子の身に何が起こったというのでしょうか。
「孤高を貫く男」、老子が今回はなんと……
荘子・孔子とともにお笑い芸人になってしまった老子
孔子・荘子の「若手お笑い芸人」に加わって「トリオ」になってますよ!
これじゃ、まるで「レツゴー三匹」状態ですよ。

孔「孔子でーっす!」
荘「荘子でーっす!」
老「南春夫でござぃます」
孔・荘「あるかーっ!」

みたいな感じ。
あるいは中国の「戦国時代」である春秋時代におけるお笑いとくれば、これはもう、ドツキ漫才しかありません。
とすると、彼らが目指しているのは「チャンバラトリオ」なのでしょうか。
(もちろん老子が張り扇でどつかれる役)

しかし、3人がこんな格好していると、かつての孔子・荘子による「若手お笑い芸人コンビ」の雰囲気はすっかり吹っ飛んでしまい、まるで金村キンタローがリング上で踊る“ブリブラダンス”のようにも見えてくるのでした。
何かずいぶんと古い写真しか見つかりませんでした
そうか、やはり老子は「拳法の達人」だけあって、きっとプロレス、それも思いっきりデ;ィープなインディ系が好きなのかもしれませんね!

しかし、かつて孤高の魂を誇っていた老子に憧れていた一人の青年がいたのでした。
彼は、いつしか悪魔に魂を売り渡して、孔子・荘子とともにお笑い芸人になってしまった老子の姿に嘆気を隠せないでいたのでした。
彼はつぶやきます。
「ああ老子、あなたにだけは永遠の孤高の達人でいて欲しかった」。
そして彼は、流れる涙を抑えられないまま、ひとり、遙か彼方を目指して旅立つのでした。
「さらば、ぼくのマスター・老子。ぼくはあの空に輝く星を目指していつまでも孤高を貫こうと思います。たとえそれが“浮いている”と言われようとも」。
by 縄文太郎
明日はこっちだと指さす縄文太郎

(続報)桜庭一樹の新刊サイン会が池袋で行われるのですよ

以前に「桜庭一樹の新刊サイン会が池袋で行われるのですよ」としてエントリーしたサイン会についての続報です。

サイン会が行われるリブロの告知では、桜庭一樹の新刊『青年のための読書クラブ』は今日、6月27日(水)発売となっていたのですね。
しかも事前の電話予約は受け付けないと書かれているのです。
うぬ、これはとっても厳しいぜ......と思っていると、おおう! なんという天のお導き。
ちょうど池袋方面に外出する用事ができたのですよ。
これはもうぜひともリブロに行かなければなりません。
池袋のリブロに行くために、外出の用事ができたようなものですね!
(完全に「主」と「従」が逆転している)
まあ、何はともあれ、朝の10時過ぎ、開店一番のリブロに行ってきたのでした。

しかし! ないのです。ない。
桜庭一樹の新刊なんてどこにも見当たりません。
朝一番で来たものだから、まだバックヤードで眠っていて、これから店頭に並べられるのかな......と思い、レジにいたお姉さんに訊いてみることにしました。

「あの、桜庭一樹のサイン会の本ですが......」

すると、"さくらば"あたりでニヤニヤ笑いだすレジのお姉さん。
「来た、来た、来たな」といわんばかりの不敵な笑みです。
なーんだかイヤーな予感がヒシヒシと迫ってきます。
果たして!

あいスミマセン。まだ入荷していないのですよ。

はぐぁ! マジっすか!

......ええ、マジっすよ。

しかし池袋方面はまったく来ることがないのです。
今、受け取っておかないと次はいつ来られるのか判りません。
そんな訳で「取り置きはできないのですか?」と訊いてみました。
すると、先ほどのニヤニヤ笑いはどこへやら、メチャクチャ困ったような顔をされてしまいました。
うーん、そんな困った顔をされてもこっちも困ってしまいます。
そこでこう提案してみました。

「お金は今払っちゃいます。だったらどうでしょうか?」

「お待ちください」と店長さんかマネージャーさんのような年配の男性の方を呼びに行き、状況説明。
すると一言、「いいですよ」。

さすがに「金を払う」となると話が早いのです。
そんな訳でしっかりとお金だけ払い、サイン会の整理券を引き取ってきたのでした。
(というか、サイン会の整理券を買ったようなものですね)
桜庭一樹サイン会参加整理券
赤のインクで逆さまに押されているスタンプが、「お金を領収した印とさせていただきます」とのことらしいのです。
が、いえいえ。
年金問題で「払った」「払ってない」との騒ぎがクロースアップされている今、ちゃーんとレシートも保管しておきますとも。

しかし、貰った(というか、購入した)サイン会整理券の番号はまだ1桁ながら、もう既にいくつか進んでいるのですよ。1番ではないのです。
うーん、1番ではないぼくが「本が入荷していない、取り置きはできない、じゃあどうする?」なんて、てんやわんやしたのです。
ぼくの前の番号の人たちは、いったいどうしたというのでしょうか......。
ナゾです。

またこのサイン会整理券はパッと見、どこにも名前を書く欄がないので、「ああ、為書きは今回なしなのか......」と思っていたのですが、おおう。
整理券の裏面に「お名前の添え書きを希望の場合はご記入ください」として、名前を書く欄がありました。
ということは......イヤッホウ! 為書きをいただけるのですね!
しかし何となくですが、「写真撮影は禁止」とか言われそうな気がします。
いえ、特に根拠があるわけではありませんが......。

ところで新潮社のサイトを見てみると、おおう。
『青年のための読書クラブ』特設ページが設置されているではないですか。
前回、MYSCONで予告されていたようなトンデモ話っぷりもところどころに顔を出していて、メチャクチャ面白そうですね。
......って、そんなことはいいのです。
問題は、この特設ページに堂々と

6月29日発売

と書かれてあることなんですよ!
そりゃ、今日行ってもないはずですね......。

5年前は「講談社ノベルス創刊20周年記念」でした

ここ最近、こちらのブログでの更新は、珍しくミステリ関連のものが多くなってきました。
看板に偽りなし、いいことです。

と言うのも、やはり今年、2007年は「講談社ノベルス創刊25周年記念」として、数多くのイベントが仕掛けられているからなんですね。
数えてみました。
すると5月から6月にかけてのわずか2ヶ月弱の間に、これだけの数が講談社ノベルス関連としてエントリーしているんですよ。
(一部、「講談社ノベルス25周年記念」イベントとはまったく関係ないエントリーも混じっていますが、そこはそれ、講談社ノベルス関連には違いないということで)

2007年の今年が「講談社ノベルス創刊25周年記念」なのであれば、その5年前、2002年は「講談社ノベルス創刊20周年」だったのです。
(当たり前だ)
このときの「講談社ノベルス創刊20周年記念」のイベントが「密室本」シリーズの発行だったのですね。
扉から奥付まで含めたすべてのページ(つまり、表紙・裏表紙ページ以外の中身がすべて)が袋綴じされた状態、つまり"本が密室状態である"「密室本」が、メフィスト賞受賞作家たちの手による書き下ろしで、1月から12月までの1年間で16冊発行されたのでした。
そんな「密室本」シリーズ、毎月の発売日には、わざわざ"開封用"と"未開封用(置いておく用)"の2冊買っていたんです。
嗚呼、「大人」ってヤツの穢れにまみれているぜ、オレ。

そんな5年前から既に穢れきっていた自分を懐かしく思いながら(懐かしむんかいっ!)、久々に本棚に並んでいる「密室本」を眺めていたのです。
5年前の「講談社ノベルス創刊20周年記念」で出版された

......が、あれ?
数が合わないようなのです。
もう一度数え直してみましょう。
やっぱり15冊しかありませんよ!
やっぱり15冊しかありませんよっ!

どうなっているのでしょうか。
確かに当時、ぼくは「これで「密室本」シリーズはすべてコンプリートしたぜ!ワハハハハ......」と哄笑した覚えがあるのですよ、穢れきった自分に乾杯。
なのに1冊、数があいません。

ええっと。
念のために、2002年当時に出版された「密室本」をもう一度、チェックしてみましょう。

  • 2002年1月:『捩れ屋敷の利鈍』(森博嗣)
  • 2002年1月:『QED 式の密室』(高田崇史)
  • 2002年2月:『それでも君が』(高里椎奈)
  • 2002年4月:『芙路魅(Fujimi)』(積木鏡介)
  • 2002年4月:『四月は霧の00(ラブラブ)密室』(霧舎巧)
  • 2002年4月:『世界は密室でできている。』(舞城王太郎)
  • 2002年5月:『浦賀和宏殺人事件』(浦賀和宏)
  • 2002年6月:『樒(しきみ)/榁(むろ)』(殊能将之)
  • 2002年6月:『袋綴じ事件』(石崎幸二)
  • 2002年8月:『クリスマス・テロル』(佐藤友哉)
  • 2002年8月:『クビツリハイスクール』(西尾維新)
  • 2002年9月:『木乃伊男』(蘇部健一)
  • 2002年9月:『迷宮学事件』 (秋月涼介)
  • 2002年12月:『秘密室ボン』 (清涼院流水)
  • 2002年12月:『殺しも鯖もMで始まる』(浅暮三文)
  • 2002年12月:『闇匣』(黒田研二)

うーん、やっぱり数が合いません。
何が足りないのか、1冊ずつ突き合わせ照合していったところ......おおう!
こんな最初の方で1冊抜けていたのでした!
積木鏡介と舞城王太郎の間が抜けていたのですよ。
その本は......

『四月は霧の00(ラブラブ)密室』(霧舎巧)

どひゃー!
この本って密室本だったのですか!
......そうそう、すっかり思い出しました。
基本的に「密室本」の表紙カバーは、西尾維新や佐藤友哉、あるいは高里椎奈のような路線の作家は別として、"辰己四郎"風の表紙デザインだったのですね。
ところが!
それまで「開かずの扉研究会」シリーズで、ガッチガチの新本格ミステリ路線だった霧舎巧が、いきなりタイトルが『四月は霧の00(ラブラブ)密室』、しかも表紙絵も「何じゃこの絵は!」とツッコむばかりのポップでキュートなライトノベル路線になってしまっていたのです。
大衝撃。

例えるなら、渡辺淳一が「新本格ミステリはいいのう」と上機嫌で褒めまくった挙げ句、「直木賞だ、直木賞! 新本格ミステリにはドンドンと直木賞をやりなさい」と言い出し、周りの選考委員が「ご乱心でござるか」と慌てふためくぐらいの衝撃度......と言えば判っていただけるでしょうか。

この表紙を見て、もうすっかり「密室本」のことなんて頭から吹っ飛んでいましたよ......。はあ。
それに、この月(2002年4月)には霧舎巧以外にも、積木鏡介と舞城王太郎と、2冊も「密室本」が出ていたから別に変に思わなかったのでしょうね。 1冊も出ていない月は「おかしいなあ」とチェックをしていたはずなので......。

ぐはー!
それにしても なんて悔しい!
でも、もう今さら2002年の本なんて買えやしないし!
(いや重版分は十分に手にはいるのですが、「密室本」としてはもう無理でしょう)

ああ、コンプリートしているつもりだったのに。
あと一歩で及んでいなかったこの悲しみよ、こんにちは。

フランソワーズ・サガン風に締めくくって今日はもう寝ます。
(いや、別に斉藤由貴でもいいのですが)

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