吉永小百合の(やっぱり)哀しい妄想旅行

いくら何でも、昨日の日記は長すぎですよね。どうもすみません。
でも、いつも一発ネタで終わってしまう「日記のタネ」ですが、なんと6週間にもわたる長期調査の末の発表でしたので、どうしても「気象予報士の高田さん」に愛着が湧いてしまい、まったく割愛ができませんでした。

さっき、自分でも改めて昨日のネタを読み返してみたら、ぼくでさえも「これ、どこまで続いているの」と読むのがイヤになっちゃいました。わはははは。
(全然アカンやん)
そんな訳で、今日はサラリと流れるようにお届けいたします。

以前の日記でも書きましたが、今、吉永小百合が非常にアブナイのです。
JR東日本の春の新作ポスターでは、桜の下でどこか寂しげに微笑むその姿。
春の吉永小百合ポスター新作

その前作のポスターでは、電車内で車窓を眺めながらお弁当を食べているその姿。
車窓の外を眺めながらお弁当をいただく吉永小百合

いずれの吉永小百合も「女の一人旅」を感じさせるのですよね。
にもかかわらず、キャッチコピーが

20070406-004.jpg
ふたたび、旅へ。大人2枚。

ですから、これはもう間違いなく、確実に、非常にデインジャラスな状態に陥っていると考えてもよいでしょう。
下手すると日本映画界に激震が走るほどの大スキャンダルに発展しかねません。

そんな、吉永・デインジャラス・小百合のそのさらに前のポスターをとある駅で発見したのでした。
(しかしJR東日本も足並みが悪いのでしょうか。「いっせーので」で新しいポスターに取り替えたらいいのに……別にどうでもいいことですが)
温泉宿でホッと一息
温泉宿でホッと一息くつろぐひと時のようですね。
ここでよくよく見ると……
手をつけられていない湯のみ

まったく湯飲みに手をつけられた形跡がないのですよっ!

はい、ここ。
ミステリだったら必ず「傍点がうたれているところ」ですね。
普通、電車に乗って、あちこち寄り道して、ようやく温泉宿について、女将さんが「ようこそおいでやす」(←なぜに京都弁?)をお茶を入れてくれたら……一服するでしょう。
なのに、その一服をした形跡がないのです。
そもそも浴衣に丹前まで着替えているのに、どうも部屋がきれいに片付きすぎているような気がします。
もっと普通は、こう、乱れているものでしょう。
部屋の片隅置いたカバンが写っていたり、縁側に置いておいた着替えが写っていたり。
しかしそうしたことが一切なく、手付かずの湯飲み(ミステリだったら「傍点」がうたれているところ)を前にニッコリ微笑む吉永小百合……。

それでもやっぱりキャッチコピーは

ふたたび、旅へ。大人2枚。
ふたたび、旅へ。大人2枚。

こうしてこのキャッチコピーをよくよく読むと、なにやらメチャクチャ意味深に見えてきます。
「ふたたび、旅へ」。
これはきっと、“夫と一緒に旅行する”という意味ではなく、“夫の思い出とともに旅行する”という哀しい意味が背後に隠されているに違いありません。
そうすると、手付かずの湯のみ(ミステリだったら「傍点」がうたれているところ)の意味もおのずと明らかになってくるというものです。
ひょっとするとこの湯飲みの前には、遺影が飾られてあるかもしれなくてよ。(誰やねん)

いや、もっと深く考えると、この「旅」というのは“今は亡き夫を追っての「旅」へ”ということでは……。
キャー、キャー、キャー、キャー!