街中にも時計はありますが、いつもそれが正確とは限りません

学生時代、腕時計をしない友人がいました。
今でこそ腕時計なんてしていなくても、ケータイさえ持っていればいつでも正確な時間が判るのですが、いえいえ。
オッチャンが学生のときなんて、ケータイなんてまだまだ一般的ではなかった時代なんですよ。
なにせオッチャンが学生の頃と言えば、アイビールックが全盛期で、街にはハマトラ、カジトラが溢れていて、ケンとメリーのスカイラインが憧れで、みゆき族にアンノン族、竹の子族が聖子ちゃんカットでディスカバー・ジャパン、止めてくれるなおっかさん……、そんな時代だったのですよ。(←もう時代感覚メチャクチャ)

腕時計していないと不自由と違うの?と聞くと、「時計なんてあちこちにあるやん」。
なるほど、学校内はもちろん、駅のホームにだって時計がたくさん設置されています。
ちょっと街を歩いてみても、意外と屋外に時計って設置されているんですねー。
そんな訳で、その友人は時計をしていなくても時間は判るから、特に困ったことはないそうなんです。
うーん、なるほどねえ……と感心してから早幾年か。

そんな訳で時計といえば、時計屋さんですね。
とある腕時計屋さんの前を通り掛かると、「デカッ!」
道行く人に「これでもかっ!」とばかりに現在時間をアピールする巨大時計……ってあれ?
店全体が腕時計に巻かれていますよ。
こんな腕時計、いったい誰がすんねん、ジャンボマックスか!……と、思わずツッコミを入れたくなるような巨大な腕時計が店先に設置されていたのですよ。
その大きさは、遠くからでもよーく時刻が見えるほどのものです。
うーん、さすがは腕時計屋さん。
道行く人に「どうだ、このデカさはっ!」とばかりに巨大な腕時計を見せて、店の存在を強烈にアピールすると同時に、さりげなく現在時刻もアピールするというやさしさも持ち合わせているのですね。
これぞサービス精神、商売人はこうでなくっちゃ。

……が、しかし。
よくよくこの巨大腕時計を見てみると、針の位置はどうも10時10分過ぎのようにしか見えません。
ちなみにこの写真を撮ったときの時間を見てみましょう。
証拠を押さえるため、かなり恥ずかしい格好で写真を撮ってしまいました
ほら、この通り腕時計を一緒に写真に撮りこんでやりましたとも。
なんともう午後3時前なんですよ。
うははははは。どうですか、奥さん。動かぬ証拠ってヤツですな。
午後3時前なのに、まだ午前中だと錯覚をおこさせて、いったい何を企んでいるというのでしょうか。
しかもカレンダー部も「8日」という日が示されたままです。
どうやら、この巨大腕時計は道行く人を「あ、まだ午前中だったんだ」と勘違いさせるだけではなく、「あ、まだお正月明けだったんだ」と気分をすっかり正月ボケの松の内気分にさせようと企んでいるのかもしれません。

しかもよくよく考えると、店全体の“ぐるり”をまわっているバンドに対して、腕時計の文字盤の向きがおかしいのです。
もし、バンドに対して文字盤がこんな方向を向いている腕時計があったら、使いづらくて仕方ないに違いありません。
ということは、なお一層のこと、この巨大腕時計は「普通の腕時計ではない」、何か特殊な意味合いを持っているということに疑念を抱かざるを得なくなってくるのです。

くそー、腕時計ごときにそんな手に乗ってたまるか、とオッチャンが一人、店の前で正義感の炎にボーボーと熱く燃え盛っておりました。
そのために「本当の時刻を示した腕時計と一緒」の写真まで撮ったのです!
……が、しかし。
よくよく考えると、この写真を撮っている格好は客観的に見て、かなりカッコ悪いことったらありゃしない。
人通りの多い通りの真ん中で、腕時計をカメラの前に持ってきておきながら、巨大腕時計もカメラのレンズ内に収めようと、ガニ股で中途半端な中腰の体勢になって、ベストポジション求めて右往左往……。
今思い起こせば、は、は、は、恥ずかしい!

いったいぼくはいったい何をしていたのでしょう。
たったこれだけの写真のために、いったいいくつの「プライド」「人間性」という犠牲を払ったというのでしょうか。
誰か教えてください。