やはり著者サイン効果はすごいのかもしれません

平台。
それは文字通り、本が平たく並べられる本屋さん激戦区の一等地なのです。
東京で言えば、大手町とか丸の内。一坪ン百万円もするようなとんでもないお値段のスペースざますのヨ。
そんな一等地にもなると、雑然としてゴミゴミとした雰囲気なんて微塵も感じさせてはいけません。
何しろ現実世界で言うと、オシャレストリートの丸の内なんですから、皆、整然として横並びをしている、そんな印象が本屋さんの平台には感じさせられるのです。

ところが......あらま。
なんと一箇所だけ「ゴッソリ」と穴が空いたようになっているのですよ。
平台なのに「平ら」ではなくなっています
平台とはいえ、そりゃ多少のデコボコはあるでしょう。
本によって厚みは違うし、1冊や2冊はひょいひょいとお客さんが買っていってしまうもんです。
だから「平たくない"平台"」は仕方ないとしても、ここまで「ゴッソリ」と穴が空いたように見えてしまうのは、なかなか珍しいことではないのでしょうか。

店員さんが補充に来ない今のうちに!
野次馬根性丸出しで覗きにいきました。
「いったい何の本がそんなに売れているの......?」と覗き込むと、森見登美彦の新刊『夜は短し歩けよ乙女』でした。

森見登美彦と言えば、ファンタジーノベル大賞受賞作となったデビュー作『太陽の塔』以来、悩める青年像の姿を、シリアスではなく、読者を笑わせるだけ笑わせたれ、とばかりに変幻自在に描き続けてきた著者です。
どうやら今回の最新作も、相変わらず悩める青年像を(たぶん)面白おかしく描いているようです。
しかしこれだけ同じようなテーマで書いていてもマンネリズムに陥らないその物語の多彩さ、いったい引き出しがどれだけあると言うのでしょうか......。
そんな森見登美彦です。
ひょっとすると密かにブレイクしているのかもしれませんね。
その証拠が、この平台の一部の「ゴッソリ」なんですよ、「ゴッソリ」。
しかも、この本、よくよく見てみるとサイン本じゃないですか。
"密かにブレイク"と"サイン本"。
見事に融合しあって相乗効果となり、そのエナジーが結晶して、こんな「ゴッソリ」に繋がったのかもしれません。

しかし、サイン本って売れる本はメチャクチャすぐになくなるんだけど、聞いたことのない作家のサイン本、いつまででも残っているんですよね。
それを見てしまうと、「あ、まだ残ってる......」と、なぜかぼくが後ろめたさを感じてしまうのです。

コメント

こんにちは。
森見登美彦、面白いです。笑えます。
ラブコメディとファンタジーがうまいこと融合してます。
この作品でついにブレイクしそうな勢いですね。
ただし「きつねのはなし」だけはちょっと毛色が変ってます。

初めまして。コメントをどうもありがとうございます。
そうでした、森見登美彦は『きつねのはなし』がありました。
確かにこの作品は従来とは毛色は変わっていて、いつものような「笑い」こそないですね。
ただ、単なる「怪異譚」に留まらない、独特の実験的な物語性、物語要素に、やっぱり森見登美彦だなあという気にさせられてしまいました。
しかし、この『きつねのはなし』で、「おお! ついに森見登美彦がブレイクか!」と思ったのですが……どうも、ブレイクをしそうでしない、もどかしさのようなものがありますね。