小説家鈴木輝一郎はこんなところに

とある本屋さんに行ったときのことです。
本の配列とか、POPの飾り方とか見て、判る人には判るかも知れないのですが、それでも敢えて「とある本屋さん」と言うことにしておきましょう。
(いつも定点観測でまわっている本屋さんのどこかです……って、それがどこやねんという話ですが)

平台には、今年5月に亡くなったばかりの米原万理の新刊……と言ってもいいのでしょうか、週刊文春に連載されていた闘病生活と95年からの書評をまとめた『打ちのめされるようなすごい本』が山積みされていました。
しかし、さすがは『オリガ・モリソヴナの反語法』でぼくをとことん参らせてしまった米原万理。
やはり人気は高いのでしょう、平台の周りの山と比べても、かなり低くなっているのです。
どれぐらい低くなっているのかと言うと、
販促POPの土台が露わになった米原万理の新刊『打ちのめされるようなすごい本』
POPの土台が露わになってしまうほど、本が売れていってしまっているのでした。

しかし、ここで……あれ?
かなりこのPOPの土台が立派なことに気が付くのです。
普通、こうした販促POを挿すためにビヨーンと伸びている針金の土台って、本体の針金をそのままクルクルっと巻いただけ、というような工作チックなやつばかりを見ているんですよね。
ところがどうですか、この販促POPの土台の立派さときたら、免震構造100年保証並みなんです。
それが証拠に、販促POPも厚くて大きなものが、しかも2枚も挟まれていて、それが本の重しがなくても自立できているのですから、大したものです。

そのあまりに立派なPOPの土台をよくよく見てみると……。
何か刻印のようなものがあるのでした
何か刻印のようなものが見えるのです。
そうでしょう、そうでしょう。
これだけ立派な販促POPの土台を用意したのです。経費だって相当掛かったに違いありません。
それを「売り物じゃないんだから、貰っていってもいいでしょ」と、まるで「京極夏彦全作品解説書」か、「新潮文庫 ナツイチグッズ」のようにヒョイと持っていかれてしまっては、本屋さんとしては一大ピンチなのです。
ここはひとつ、書店の名前でも刻印しておいて、持っていかれないようにしたに違いありません。
そうです、きっとここには大きく、丸……あー、「とある本屋さん」の名前が入っているのですよ。
そんな訳でよくよく見てみました。

なぜか“鈴木輝一郎”の刻印が……
鈴木輝一郎の本

反射して見えづらいのですが、確かに正八角形のなかには“鈴木輝一郎の本”と書かれてあるのです……。
おいおい、丸……あー、「とある本屋さん」。
こんなことをしても、いいのでしょうか。鈴木輝一郎の蔵書棚からパクッて来た鉄片をPOP立てになんか使ったりして……。
しかし鈴木輝一郎は、こんな鉄片を蔵書の何に使っていたのだろう……。
(↑完全にこの刻印を蔵書印として考えてしまっている)

 

コメント

拙HPはトラックバックができないので、『読んだよん』という報告のみ。

どひゃ。
まさかご本人からの書き込みがあろうとは夢にも思っていませんでした……。
勝手に名前を使わせていただきまして申し訳ないです。
しかも米原万理の本の話ばかりで……。
しかし、本当にあんな立派なPOP台を見たのは初めてだったので、感動のあまり写真を撮りまくってしまいました。
本当にプロモーション用としてわざわざ造られたものだと知り、さらにビックリしました。