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変な生物に寄生されてしまった石持浅海

今、世間一般の本屋さんでは石持浅海がブームなのでしょうか。
以前にも、別の本屋で目撃した「月刊石持浅海」コーナー。
「月刊石持浅海」、どこかで聞いたようなキャッチコピー……
結局、何が月刊なのか、その後この本屋さんには行っていないので、よく判らないままです。

そんな今日見かけた本屋さんでも、平台にズラリと石持浅海の新刊ノベルス『顔のない敵』が並べられていました。
著者直筆のPOPもさりげなく飾られてあり、さながらここでも「石持浅海ブームを呼んでやるぜ」といった気負いが感じられるプチコーナーなのでした。
石持浅海のプチコーナー
この石持浅海の著者直筆POPを見ていると……「何じゃこりゃっ!」
もう松田優作状態です。
この(おそらくお店の方が書かれたであろう)“著者直筆”の文字の隣には……

変な生物に寄生されてしまった著者直筆
変な生き物に寄生されてるよーっ!

怖い、ママン!
何なんでしょうか、この生物は。
もう意味判りません。
まさか石持浅海ってイラスト化すると、こんな感じになってしまうとか……。
いや、まさかね。
幸いにして、先ほど紹介した“何が月刊なんだかよく判らない「月刊石持浅海」”に著者本人の顔写真が掲載されています。
ちょっとアップにして見ましょう。
「月刊石持浅海」の著者近影をアップにしてみました
うーん……。ビミョーです、ビミョー。
ちょっと全身を真っ黒に塗って、頬に赤い線を書き加えてみると……

す、す、すみません……何だかメチャクチャ怖くなってしまいました」
ひぃぃぃーっ、もっと怖くなってしまったーっ!

……もうね、石持浅海ファンにシバかれそうなこと、してしまっていますね、ぼく。
調子に乗ってしまいました。すみません。

……が、しかし。
ここでスゴスゴと引き下がれないのが、書店定点観測ウォッチャー(←“観測”と“ウォッチャー”がビミョーに意味被ってるし)。
さりげなく著者手書きPOPの裏側を見てみました。
著者直筆POPの裏側をすばやく眺めてみる
すると、そこに見つかったのはまたしても「光文社創業60周年ロゴ」の謎
こんなところにも「光文社創業60周年ロゴ」修正の謎が隠されていたのです
今回は判りにくいのですが、“光文社60th”と書かれた数字の下半分という、非常にデリケートでナーバスな部分に修正テープが張られてあるのです!
間違いありません。光文社は何らかの陰謀をたくらんでいるに違いありません。
だからこそ、このような怒涛の勢いで石持浅海を売りまくっているのでしょう。
しかしながら悔しいことに、いったい光文社の陰謀が何なのか、まったく見当がつかないということなのです。
その光文社の「修正テープに隠された」謎の陰謀は、石持浅海に寄生してしまった生物と何らかの関係があるのでしょうか。

小川洋子サイン会に行けなくなった話

いつものように、今日は丸の内オアゾにある丸善を定点観測です。
すると……おお。
どうやら新刊である短篇集『海』の発売を記念してなのか、小川洋子のサイン会が11月28日に開催されるということなんですよ。
小川洋子サイン会のお知らせ
わーい、わーい小川洋子だ、小川洋子だ、ルルルンルンルンとスキップ踏み踏み帰宅するぼく。
早速、相方に報告です。

「とまあ、そんな訳で小川洋子のサイン会があるんだって」
「ふうん……」

む、何でしょうか、このノリの悪さは。静かなんです、静か。
しかしながら伝わるオーラは何やら厳しく、そして険しいのです。

「で、そのサイン会に行こうと思って本を買ってきたの?」
「いや、今日は荷物が多かったから、また明日に買いに行こうと思って……」

すると相方は黙って立ち上がり、チョイチョイと人差し指で“こっち来い”のサインを出してきます。
素直にトコトコついてぼく。
2人してリアル「書庫の部屋」に入ると、相方は“サイン本棚1号”を指差して聞きました。

「これは何かなあ」
「……サイン本ばかり集めた本棚です」
「読んだ本、あるのかなあ」
「いや、サイン本は読むのがもったいなくて……あまり、読んでません」

でも、読んでないといっても、“サイン本棚1号”に入れている本って数が少ないのですよ。
この写真を見ても判るように、特に本棚の上部にはかなりの隙間が空いてしまっているのです。
(左側:サイン本棚1号の上部 右側:サイン本棚1号の下部)
サイン本棚1号の上部 サイン本棚1号の下部
ね? どうですか? まだまだスッカラカンのカンなんですよ。

すると相方、再び黙って立ち上がり、またしてもチョイチョイと人差し指で“こっち来い”のサイン。
今度も素直にトコトコついてぼく。
隣のパソコン部屋に入りました。
相方はそこにあった“サイン本棚2号”を指差して聞きました。

「じゃあ、これは何かなあ?」
「……サイン本棚2号です」
「ここにある本で読んだ本は、あるのかなあ」
「いや、やっぱりサイン本は読むのがもったいなくて……あまり、読んでません」

そうなんです、サイン本棚1号に隙間が空いていたのは、サイン本棚2号の存在があったからなのでした。
(左側:サイン本棚2号の上部 右側:サイン本棚2号の下部)
サイン本棚2号の上部 サイン本棚2号の下部
いや、“サイン本棚2号”の存在を忘れていたわけじゃないのですが、やっぱりホラ、そこにあると何となく目に入らなくなるというのはオーギュスト・デュパンの時代からも言われてきたことですし、木の葉を隠すなら森のなかへ、小石を隠すなら海岸へ……ですよ。
(もう訳が判らなくなっている)
しかし、さらに情け容赦なく相方は畳み込んできます。

「小川洋子の代表作品って何?」

はっはっは。
これしきの質問だったら、いくらうっかり八兵衛のぼくでも簡単に答えることができるってものですよ。

「やっぱり有名どころでは『博士の愛した数式』かなあ。映画化もされているからね。映画化って言ったら、最近フランスで映画化された『薬指の標本』もあるよね。それと芥川賞をとった『妊娠カレンダー』も代表作だろうし、ぼくが高校生だった頃は佐野元春が好きだったから、『アンジェリーナ』もいいかな」
「ふうん。……で、どれを読んだの」
「え……?」
「それだけ有名作品がスラスラ出るんだったら、どれか読んでいるんでしょう」
「……。いえ、読んでません……」
「この間、“うわーいうわーい、サイン本だ”って買ってきた『ミーナの行進』は?」
「読むのがもったいなくて……」

し、しまった……。
大方の皆さんの予想通り、今回の小川洋子のサイン会行きは『不可』との判断を下されてしまったのでした。

劇団桟敷童子「海猫街」(ベニサン・ピット)

ぬおう。
すっかり更新をサボってしまって日付が変わっていますが、これは昨日、10月28日のお話です。
そんな訳で、心のスイッチを10月28日に切り替えてみてください。
(いや、別に皆さんがそこまでしてもらう必要はないのですが、あとで日記代わりにぼく自身が読み返したときに勘違いしてしまいそうなので......)

両国のベニサン・ピットで劇団桟敷童子の新作「海猫街」を観に行ってきました。
JRの両国駅から、真っ暗な住宅街をとぼとぼ歩いていると一角だけ明るくなっているところが見えてきます。
ここがベニサン・ピットなんですね。
ベニサンピット入口で受付中
受付はスタッフが行うのではなく、役者自身が舞台衣装とメイクをしたままで行うのでちょっと不思議な感じです。
いつも桟敷童子という劇団は、舞台の設営を「劇場以外の場所」にこだわっているのです。
そしてその周りでは賑やかにのぼりを掲げて、まるで「村のお祭りにやってきた見世物小屋」の雰囲気を醸し出しているのですが、今回の会場はれっきとしたスタジオ。
そんな訳で、今回はロビー内に「舞台となる村」のセットが再現され、そこにのぼりを掲げて、やはり見世物小屋の雰囲気を醸し出しています。
ロビー内に設置された「舞台となる村」のセットと、見世物小屋の雰囲気

やっぱり好きだわ、この劇団の持つ泥くささ。
ステージセットはすべて丸太や板を組み合わせて作り上げただけのもの、また受付・誘導・入場案内の客入れから、アンケート回収やロビーでの挨拶まで、スタッフを使わずすべて役者自身が行うその熱さ。
すごいですね、やはり毎回この桟敷童子は、きびきびとした役者さんの案内の様子を見ていたり、また「どんなセットなんだろう」と会場に入る瞬間が楽しみであったりと、好きになればなるほど、色々と楽しみも増えていくのですね。

ストーリーは、いつもどおりといえばいつもどおりの「桟敷童子」もの。
そして最後にかならず用意してくるステージセットの大仕掛け。
今回もやってくれました、揺れる揺れる舞台が大揺れ。かなり危険なことになっています。
その上で熱演する役者たち。
これはもう、一歩間違えれば転落してしまうスペシャルデインジャラスなステージなんですよ。
ただし、残念だったのは今回の大仕掛けは、以前にも別の公演で前例があるタイプだったので、ある程度「こうくるな」と読めてしまい、驚きはなかったのですね。
またストーリー自体も、眼力のある女優・板垣桃子が主役ではあったのですが、今回は彼女の放つ"見得"もさほど活かされず、そのためか桟敷童子のストーリーの根底に流れる"生きろ節"も、いつもほどキレが感じられなかったのです。
そのためカタルシスを得られまではいかず、消化不良感が残ってしまいました。
ただ、今回のストーリーが「オープニングのエピソードが、そのままエンディングに繋がっている」の展開であったのは、ある意味"倒叙的"な物語として、美しく、そして寂しく切なく終わっていくものであったのは事実なのです。

大沢在昌・京極夏彦合同サイン会に行ってきました

先日、突然に招待状なるハガキが送られてきた「大沢在昌と京極夏彦の合同サイン会&ミニトークショー」に行ってきました。
場所は、護国寺にある講談社。そうです、かの天下の講談社さまのなかで行われるのですよ。
地下鉄の護国寺駅で地上出口に出てみると......、ひときわ高くドーンとそびえ建つ白亜の巨城があるのです。
ここが天下の講・談・社。
白亜の巨城、講・談・社
しかしなぜなのでしょう。講談社なんて会社、来るのは初めてのはずなのに既視感でクラクラしちゃうのです。
......そうか!
ビートたけしが、たけし軍団を引き連れて殴り込み騒ぎを起こしたのはこの建物だったのですね。
(俗にいわゆる「フライデー事件」)
ニュースやなんかで散々見た光景が、今、目の前で甦っているわけなのでした。どうりで見たことあるはずです。

スッキリしたところで受付。招待状のチェックと、「本をちゃんと持ってきたか」チェックをされてしまいます。
そしてようやく会場である講堂にエレベーターで向かいました。
エレベーターを6階で降りると、そこに広がるのは......おお、まさに「講堂」。
学校時代の全校集会を思い出します
この、ステージ前の緞帳が、まるで今から全校集会でも始まりそうな雰囲気を醸し出しています。 そして何よりもこの重厚感。
講堂の"ぐるり"には(←島田荘司風に)、おそらく歴代の社長でしょうか、肖像画が飾られてあるのですよ。
まるでここだけが横溝正史の世界感がプンプン。
(いや、ここは角川書店じゃなくて、講談社なのですが......)
歴代の社長の肖像画(下手側) 歴代の社長の肖像画(上手側)
ズラリと講堂に並べられたパイプ椅子の上にはあらかじめ、為書き用の名前と、2人に向けたメッセージを書いておく紙が置かれてあるのでした。
2人揃ってにメッセージですか......。
京極夏彦には京極夏彦に、大沢在昌には大沢在昌に伝えたいメッセージがあるのですが、仕方ありません。 「楽しみにしてました。これからも楽しみにしています」なんて、コイツ本当にオレたちの本、読んでる?と思われても仕方がないぐらい適当なことを書いちゃいました。
すみません。

前方では、もうすでに京極夏彦が何やら挨拶を始めていました。
どうやらサイン会からスタートのようなのです。
前に座っている人たちから順に席を立ち、サインを貰うシステムのようなのです。
あおおう、遠慮していちばん後ろの席に座っちゃったよー。
一番後ろということで時間はどうやらタップリあるようです。
そんな訳で余裕で講談社のトイレも探検しに行ってきたのでした。
「講堂」には、プンプンと昭和モダニズムの学校イズムな香りが立ち込めていたのでしたが、トイレはどうですか、これ。
てっきり、木製のサンダルにカランコロンと履き替えて、棚にはサンポール、小便器には黄色い芳香剤のボールが転がっているのかと思いきや......
メチャクチャ清潔でビューティフル、昭和の文化なんて全然感じさせない講談社のトイレ
なかなか清潔でビューティフルじゃないですか。
ここには写っていませんが、個室なんて全室立派なウォシュレット付きで、昭和の時代からいきなり平成の時代へとジャンプして戻ってきてしまったような感じです。

そんなこんなでキョロキョロすること約1時間半。
ようやく順番が回ってきたのでした。
講堂の"ぐるり"(←島田荘司風)を取り囲むように掲げられた、歴代の野間社長の肖像画に見下ろされながら、まずは京極夏彦にサインをいただきます。
その京極夏彦は、やはり京極夏彦でした。
黒羽織に黒の着流し、黒手甲が......!
やはり京極堂スタイルだった京極夏彦
気難しいコワい人と勝手に思いこんでいたのですが、「サイト名も一緒に書いていただけますか?」といつものようにイタイ野郎のお願いをすると、「お、サイトマスターですね」。

サ、サ、サ、サイトマスターですか。

さらに、「とある方(京極夏彦の友人の方)と友だちなんです......」とお伝えすると、大笑いしながら「アイツはウソばっかりつくヤツだから、付き合わない方がいいですよ」
もう、京極堂のイメージではなく、お隣の気さくなお兄さんという感じの方でした。
サインというより、「署名」という

続いては、大沢在昌のテーブルでサインをいただきます。
大沢在昌は、以前の宮部みゆきとの合同サイン会でも見られたように、相変わらずステキで面倒見のいい"大沢親分"。
ファンの一人一人に向かって、気さくに話し掛けてきてくれます。
大沢親分にも、「サイト名も書いていただけますか」とお願いすると「おおっ、書庫の部屋というのですか!」。
なんだか仰々しく驚かれ(たような気がし)、しかも改めて自分のサイト名(それも深く考えてつけたものではない)を口に出して言われるとハズカシイ......。
ステキにハードボイルドだった大沢在昌親分
サインを書き終えると、大沢親分自ら手を差し出してくれてガッチリ握手。
憎いぐらいステキな親分っぷりなのでした。
サインもダイナミックな大沢在昌

1時間半掛かって、ようやく参加者全員のサインが終了すると、引き続きトークショーです。
とは言うものの、声だけ聞こえてきて姿はよく見えません。
Oh~、それもそのはず、お2人はステージ上ではなく、同じフロア上に設置されたテーブルに座ってお話されているようなのです。
2人のミニトークショーは本当にミニなのでした
いわく、

  • 200名の定員に2000名の応募があった
  • メッセージに"大沢在昌は初めて"という人が120人はいた
  • サイン会が当たって運がいいから、年末ジャンボを買うとメッセージに書かれた方がいた しかし、これは確率の問題であって運は関係ないから意味はない (しかも確率はサイン会の方が10倍と少ない)
  • 朝ご飯、大沢在昌はサブウェイ、京極夏彦は食べてない しかし裏でサンドイッチを食べたが、それもコンビニのサンドイッチ
  • 11月に開催されるリーディングカンパニーでは、京極夏彦と大沢在昌が罵り合う

といったあたりでしょうか。
サイン会にかけた時間が1時間半だったのに対して、トークショー自体は20分程度で終わりました。
タイトルにウソ偽りはなく、まさに「ミニトークショー」。
しかしながら、帰りには全員に今回の合同サイン会用に製作したポスターをお土産にくれるなど、サービス満点のイベントなのでした。
今回のサイン会用に作成した『狼花』と『邪魅の雫』のポスター

秋期限定嘘つき帯つきブック事件

何だかもうメチャクチャなタイトルになってしまっています。
しかし、それは本当にぼくの目の前で起こった大事件だったのです。

今回はいつもと違う本屋さんに行ったときのことです。
駅前の大きなビルにある本屋さんだったので、「おお、何か面白いネタでも転がってないかな」などと不純な動機で店内をブラブラしていたのでした。
が、世の中そんなにうまくできてはおりません。
サイン本ネタも、オモシロPOPネタも、トンデモ陳列ネタも、何ひとつ面白いものなんてないのです。
(そもそも、ぼくはいったい本屋に何しに行っているんだ......?)
そんな訳で、「チェッ、つまんないのー」と文庫本コーナーに来たときのことです。
......あれ?
米澤穂信『春期限定いちごタルト事件』が帯付きで平台にドカドカと積みあがっているのですよ。
帯をよくよく見てみると「創元推理文庫 最新刊」。
米澤穂信『春期限定いちごタルト事件』がいまだに「最新刊」の帯付き?
この本が出たのは、調べてみると2004年12月。
もう2年近くも前なのですよ。
確か、このあたりではもうブレークしていたはずの米澤穂信のはずです。
さらに今では「大ブレーク」と言っても間違いない米澤穂信です。
その米澤穂信の、2年前に出た本が新刊としていまだに残っているのです。
それも平台にドッサリ。
ああ、もう信じられません。
いったいこの本屋さんはどうなっているのでしょうか。
そんなに米澤穂信が売れてないのでしょうか。
それとも、今、ぼくがいるのは2004年の世界なのでしょうか。
あるいはタイムマシンに載せられて入荷されてしまったとでも言うのでしょうか。

一体どうなっているのだろう......と手がかりを求めて本をめくってみました。

20061027-002.jpg
2006年5月12日 10版......
メチャクチャ最近の本やん。

どうやら、時空のひずみは「帯だけ」に発生していたようです。
ますます謎は深まるばかりなのでした。

立ちこぎポリス

今日も「あー、ちかれたびー」と死語を連発しながら会社を出たのです。
駅に向かってトボトボ歩いていたときのことでした。

交差点の向こう側から、ものすごい勢いで何かが近づいてくるではありませんか。
それでなくてもここはかなり薄暗いデインジャラスな交差点。
しかしその“何か”が近づいてくる気配だけは、ヒシヒシと感じさせるのです。
その半端ではない必死さのオーラに身の危険を感じ、「危ないっ!」っと、まるでジョン・ウーの映画張りの横っ飛びですよ、横っ飛び。
その反動で路上で1回転、2回転、3回転。
事なきを得たのでした(大げさ度1800%)。
さらにここで2丁拳銃で弾数のことなど考えずに撃ちだしていたら、そこはまさに香港ノワール。
オウ、ルボワール。
駅前の喫茶店ではありません(それはルノワール)。

そんなチョウ・ユンファなぼくの横を通り過ぎていったのは……自転車を立ちこぎしているお巡りさん。
お、お、お、お巡りさん?
自転車で街を警邏中のお巡りさんの姿は数多く見れども、立ちこぎしているお巡りさんなんて初めて見ましたよ。
いや、あまりドラマでも見かけませんね。
ドリフでも、いかりや長介はのんびりフラフラと自転車に乗りながら「おぃ~っす」と登場していたぐらいです。
(加藤や志村は全速力で突っ込んだりもしていたような気がしたけど……立ちこぎはしていなかったような気がします)
いや、ひょっとしたら金田一耕助シリーズだったらあるかもしれません。
「大変じゃー、また人が死んどるぞー」と言いながら、村の道路を金田一や等々力警部(「よし、わかった!」)のところにやってくる駐在さん。
で、その自転車はいつの間にか「えっ?!」と驚きながら金田一耕助が乗っていってしまうのです。
懐かしのテレビドラマ「横溝正史シリーズ」より
(イメージ図)

そうそう、ぼくが見たお巡りさんも、ちょうどこんな古谷一行のような感じで走り去っていったのでした。
しかし、もはや時代は21世紀というのこの時代の、東京というこの都会のド真ん中で、突如暗がりから現れたあのお巡りさん、自転車を立ちこぎしてまで、どこに行ったと言うのでしょうか……謎です。

やっぱり道尾秀介のメッセージは

道尾秀介が、ついに東京創元社のミステリフロンティアから新作『シャドウ』を出しました。
ミステリフロンティアって、まだまだ名前の知らない新人作家の作品が多いなか、道尾秀介は"出るべくして出た"という気がするのですね。
だからでしょうか、本屋さんではこんな著者直筆POPが飾られてあったのでした。

「書けてよかったよかった」って、なんと他人事のような......
こんな話を
ずっと書きたかったんです。
書けてよかったよかった。

......あれ?
最後の1文がちょっと変なんですよ。
「書けてよかったよかった」って、まるで他人事のようなのですよ。まったく心がこもっているように見えないのです。
改めてよくよくこのPOPを見てみると、「こんな話を ずっと書きたかったのです」という前半部と、「書けてよかったよかった」という問題の後半部とでは、インクの濃さが違うように見えるのです。
前半と後半部とではインクの濃さが違うのです

ということは......。
やっぱり「書けてよかったよかった」という言葉は、あとから書かれた"他人事のような言葉"だったのでしょうか?
きっとホントは、「オレはオレの書きたいように書かせてくれたらそれでいいんだぜ、ベイベー!」とロックンローラーのように思っていただけなのかもしれません。
だから「センセ、著者直筆POPを書いてくださいよ」とお願いされたときも、前半の文章を書いて「これでおっけー、ベイベー」と思っていたのかもしれません。
しかしここで焦る担当編集者。

「セ、セ、セ、センセ! そんな2行で終わったら紙があまって仕方ありません」
「じゃあ、紙の半分以上がオレのサインになるようデッカク書いてやるぜ」
「イヤー、ヤメテーッ! せめて、今のお気持ちを一言だけでも」
「"今の一言"と言われてもなあ、うーん......」
「書きたかった作品が書けたのでしょう? それでお気持ちは?」
「よかった」
「それですよっ、それ! それで行きましょう!」
「......仕方ないなあ、ぶうぶう。"書けてよかったよかった"......と。これでいいか?」
「はい、そりゃもう。どうもありがとうございます」

と言うやり取りがあったに違いありません。

しかしこのPOPの文章、どこかで見たような......と記憶の底を探ってみると......ああ!
今年の2月に「すごいぜ、このメッセージ」として、こんな写真を掲載していたのですよ。
驚いてください、僕が読みたいミステリを書いたんですよ!
このときも道尾秀介は、著者直筆POPで"自分が読みたいミステリを書いた"から、読者にどうです、すごいでしょう、驚いてくださいなんて、とんでもないことを言っていたのです。
うーん、やっぱりタダ者じゃないぜ、ロックンローラーなミステリ作家なんだぜ、道尾秀介。

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