奈良の「玄」は“もてなしのこころ”

そんな訳で、先日、何とか"1日限定2組"の客人として潜り込めた奈良にある幻の蕎麦屋、「玄」の夜のコース料理"蕎麦遊膳"について、ようやくまとめることができました。
しかし、料理って、単に見た目や風味だけではなく、そのご主人や女将さんの"もてなしのこころ"があってこそ、初めて感動できるものなんですね。
昼の営業と違って、夜の営業は客を「限定2組」とすることで、ご主人や女将さんからダイレクトに"客をもてなすこと"を目の当たりにしたからこそ、「メチャクチャ美味しい!」と感動することができるのでした。
(それでなくても昼の料理もメチャウマで感激できるのですが、夜の料理はさらに"感動付き"です)

まずは予約した時間通りピッタリに、奈良町の細い路地の奥にあるお馴染みの「玄」の門を潜ります。
向かいの家から18時のエネーチケーニュースの音声が聞こえてきたり、食事の音が聞こえてきたり、そんな生活の"におい"に囲まれた住宅地のど真ん中です。
奈良町の狭い路地にある「玄」の門構え

造り酒屋の敷地内に立てられた「ご隠居の家」をお借りして開店したというこのお店は、昼間は客間を大きく開放しているのですが、夜はその大広間の真ん中にある襖が閉じられて、完全に個室スタイルになっているのでした。
今回案内された「個室」はこんな感じ
もともと和室自体がゆったりとつくられているうえに、縁側にさりげなく置かれた花々や、ライトアップされる庭の木々や灯籠が料亭のような雰囲気を醸し出しており、「なんかエライ所に来ちゃったな」と緊張感を煽ります。

やがてご主人自らが「今日の」料理とお酒のメニューを用意され、説明していただけます。
今回のお料理はデザートまで含めて9品
「今日の料理」はこの9品です。
そしてその料理にあわせて用意された「今日のお酒」はこの5種。
今日のお料理にあわせた「今日のお酒」は5種
単に「このお酒が美味しいですよ」ではないんです。
「このお酒はこんな風味ですが、このお料理を食べることでさらにこんな風味も楽しんでいただけます」と、ご主人がソムリエのように説明してくれるのですね。
まさに、日本酒がワインのように味わえそうです。

これだけ種類があると、量が心配になるところですが、0.5合ずつご用意いただけるということで、全種類頼んでも2合半。
「もちろん、お酒なしでもお料理は十分に楽しんでいただけますよ」とのことでしたが、せっかくだからと3種類を持ってきてもらうことにしました。

その食前酒となる「春鹿」を味わって驚いたのですが、変に酔わないのです。
この「春鹿」は、敷地内でつくっている大吟醸の純米種で温度管理の心配もないため、ろ過したてのそのままの状態でいただけると言うことで、"日本酒"という言葉の持つイメージを完全に覆すメチャウマ酒なのでした。
お酒が弱く、いつも一口舐めただけでも真っ赤になってしまうぼくでも、今回のお酒は全然気持ち悪くなることなくスィースィーと入ってくるのです。
結局、"いいお酒なので変に酔わない"ということで、「やっぱり5種類全部持ってきてください」とお願いすることになってしまいました。

やがて一品目が運ばれてきました。「蕎麦豆腐」です。
まずは「蕎麦豆腐」で軽めのジャブを打たれてしまいました
これは更科粉を使った真っ白な蕎麦豆腐の上に生湯葉とアクセントの豆腐よう、そしてオクラをすったものをのせた非常にシンプルなものながら、その味の絶妙さと料理のアイデアには、完全にオープニングから軽いジャブにもノックアウト寸前のボクサー状態なのでした。

続いて運ばれてきた2品目は蕎麦屋の定番ながらも蕎麦屋泣かせの定番、「蕎麦がき」です。
蕎麦屋泣かせの定番である蕎麦がきですが、こちらのお店ではあまりの美味さにお客泣かせなのでした
この蕎麦がき、そばツユの割り下であるお醤油と塩を一緒に持ってこられるのですが、まずは何もつけずに一口食べて......「醤油も塩もいらなーい!」。
蕎麦がき自体濃厚な風味を持っているので、何もつけなくても十分に美味しいのです。
しかしながら、持ってこられたダシ醤油と塩があまりに美味しそうだったので、ちょっと舐めてみました......「この醤油も塩もメチャウマ!」。
何なんですか、このお店は! 料理だけでなく醤油だけでなく、塩まで美味しいのですよ。
塩の秘密を訊いてみると、海の塩に海草の成分を混ぜたどこだかの塩なんだとか。
もともと塩にもこだわりがあり、何種類もの塩を用意しているそうですが、今回の蕎麦がきのイメージにあう風味のものをそのときそのときで用意されるそうなんです。
参りました。

そして3品目は「蕎麦スープ」。
濃厚な蕎麦湯に絶妙な風味をつけて料理に昇華させた「蕎麦スープ」
見た目は濃厚な蕎麦湯なのですが、ダシと香りつけの三つ葉で"料理"として昇華されているんです。
しかも中には梅でかすかに香り付けされた白玉入り。それがちっともくどかったりイヤな味になったりしていないのです。
いったいこんなアイデア、どうやったら沸いてくるのでしょうか。

4品目、5品目はお蕎麦です。
まずは「せいろ蕎麦」です。
口の中で風味が広がるせいろ蕎麦
ここのせいろ蕎麦はかなり細めのため、非常に香りたつんです。
口に入れたとたんに鼻腔まで広がる上品な蕎麦の風味に、ほとんど我を忘れてしまい、3口ぐらいで食べてしまったような気がします......ああ、もったいない。
これもツユと塩、そして薬味としてワサビが付きますが......うーん、そのまま食べても美味しいし、またツユはツユで、ワサビはワサビで別々に食べても美味しいんですよ。
いったいぼくはどうやって食べたらいいというのでしょうか。

そして今度は「田舎蕎麦」が運ばれてきました。
口の中で風味が爆発する田舎蕎麦
この田舎蕎麦は風味が濃厚なため、口の中に入れたとたんに蕎麦の風味が「バフン、バフン」と破裂してしまうと言う、非常にデインジャラスな蕎麦なんです。
これも薬味としては辛味大根やネパールの岩塩が付けられましたが......もう言わなくてもお判りですよね。
この辛味大根や岩塩だけでもメチャウマだったのでした。

一般的に蕎麦は米と同じく、収穫されたての「新蕎麦」が最も風味が高く、夏に向けてだんだんと風味がなくなっていくものです。
つまり、夏場のお蕎麦はもっとも風味が抜けて美味しくないはずなんですが、ここの「玄」は違います。
夏場でも、お蕎麦を口に入れたとたんに風味がせいろは上品に、田舎は暴力的に香りたつのが長年の疑問だったのでした。
そこで主人に聞いてみると......なんと!
「夏場まで寝かすことで風味が出てくる蕎麦の品種を用意している」とのことなんです。
通常、蕎麦屋では9月の中旬ごろから「新蕎麦」を出してきますが、ここ「玄」では全ての蕎麦が出揃うまでを待ち、そこからこれからの1年間、どのタイミングでどの蕎麦を出すとその時期に最も風味を味わえるのか、スケジュールを立てているそうです。
ひええ......。そのこだわりは、「書いた原稿は、丸文字も含めて全てのフォントでチェックしている」と言い切った古川日出男に通じるものがありますよ、ご主人。

そして料理はいつしか折り返し地点を過ぎていたのでした。
続いて登場したのは蒸し料理、「蕎麦の実入り鰻の蓮むし」です。
鰻もレンコンも重要なアイテムだったのでした
これはもちろん、鰻に挟まれたすりおろしたレンコンと蕎麦の実を蒸したものの相性もよかったのですが、それ以上に驚いたのが鰻。
蒸した鰻なのに生臭さといったものが一切ないのですよ。
それどころか、茶碗のフタを開けたとたんに中に閉じ込められていた風味が一気ににおいたったのでした。
どうしたら鰻をこんな上品に料理することができるのですか、とご主人に聞いてみると「いやあ、鰻のいいものが手に入りましたもので」とのこと。
奈良はもともと海から遠いため、海鮮もので新鮮ないいものを手に入れることは難しいそうですが、一軒いいお店を知ることができ、そこだったらいつも新鮮なものが手に入れられるそうなのです。
だから鰻も生臭くないんでしょう......とのことですよ。
いやあ、鰻といえば「中国産」の蒲焼程度しか食べていないぼくにとっては、衝撃的な鰻との出会いなのでした。

蒸しものに続いては、焼きものが登場しました。「大和地どりの荒挽き蕎麦粉焼き」です。
付け合せのネギもアスパラも、マッシュルームでさえ劇ウマ
これは大和産の地鶏に下味を付け、蕎麦の実を砕いたものを衣のように付けて焼いたものなのですが、ンマー、どう説明いたしましょう。
これ、全部が濃厚なんですよ、味も風味も。
付け合せのネギやアスパラガス、そしてマッシュルームも一口噛めば、その風味が爆発的にお口の中で広がるのですね。
付けあわせがメイン並みにこんなに美味しくいただいたのは、もうホント、生まれて初めての経験なのでした。
レモンが添えられていますが、いえいえ、こんなもの要りません。
ご主人もここでは「便宜上、レモンを付けさせていただきましたが、必要に応じてお使いください」と微妙なニュアンスの説明。
......何か以前にあったのかな?

そして料理としては最後、ご飯ものです。今回は「蕎麦米入り枝豆ご飯」
これを食べれば料理は終わっちゃうのです......食べ終わりたくない......
ここまで全て暴力的なまでに風味にガツンガツンとノックアウトパンチを繰り出されていた我々に、ゆっくり休息できるご飯もので今回の料理は締められるのでした。

そしていよいよデザートかな......と思っていると、女将さんが「メニューに今回掲載していませんでが、"メロンの果肉を絞ったジュース"です」とキンキンに冷えたグラスを持ってきてくれました。
メロンの風味がとってもマイルドなメロンジュース
これは今回、食後酒として「日本酒のカクテル」も用意できるとのことでしたが、さすがにそこまでは飲むことができずパスしたためだったのでしょうか。
いやあ、一気飲みでグラスを干してしまいました。

そして最後にデザートとして「蕎麦団子」が出されました。
甘みも抑えられ、夏の暑さにふさわしい冷菓子の蕎麦団子

通常、コース料理と言えば料理と料理の合間に妙な間が空いたりするのですが、こちらのお店では必ずご主人や女将さんが顔を出されるので、蕎麦談義に思わず花が咲いてしまったりと会話が楽しめたため、気が付くと「え? もうこんなに時間が経っていたの?」と驚かされた3時間なのでした。

いつも昼の営業時間しかお伺いできず、夜の営業は敷居が非常に高く感じられていた「玄」なのですが、こんなに楽しいものであるのなら、ぜひともまた次回、奈良に行く際には夜の蕎麦遊膳で、ご主人や女将さんと会話を楽しみながら、美味しい料理をいただきたいなと思った今回なのでした。

コメント

うまそうですね・・
こういう優雅な時間を過ごしてみたいかも。

いやあ、本当に“おいしい料理”は見た目や味だけではなくて、そのお店の「もてなしのこころ」が一番大きいんだな……と実感しました。
奈良に行かれる際には、ぜひとも優雅なオトナの時間をご堪能ください。

造り酒屋のなかにある蕎麦屋ですか!
しかも1日2組の限定・・・、坪庭も素敵です。
サービスの素晴らしさも手に取るように伝わります。

奈良には行ったことがないので、いつか行ってみたいです。

ちなみに、ボクは何かにレモンを絞って食べないことにこだわりがありますので、ご主人の「微妙なニュアンスの説明」、よくわかります。

造り酒屋の敷地内ということで、普段では絶対に味わうことのできないお酒もご用意していただけるので、もうこれだけでも日本酒ファンにはたまりませんね。
(「日本酒は苦手なんです」と言う女性の方でも「美味しい!」と喜ばれていたとか)
奈良に行かれた際には、ぜひこちらのお店にも行かれることを強く強くお勧めします!

ミッキー・パパさんは“レモンは絞らない”派なんですね。
ぼくの場合は「美味い蕎麦は塩で食べたい」派なので、ご主人の“塩にもこだわりを持っている”と言う姿勢には強く感銘いたしました。
(だからご主人と蕎麦談義なんて始めちゃってずっと止まらなくなってしまうのでした)

うっわあ、めちゃくちゃ惹かれます!
いってみたーい!!!
相変わらず蕎麦の味のわからない私ですが
こんなの見たら食べてみたいと思っちゃいますねえ。
しかし、奈良は遠いなあ。それも平日限定…うう。

惹かれてください、惹かれてください、メチャクチャ惹かれてください。
そしてぜひとも行ってください!

実は平日限定と書いてしまっていたのですが、何でも5月からは土曜日も「昼のみ」営業を始めたそうなんです。
通常、昼の営業は夜の仕込みがあるので、決まったものしか出せないそうですが、土曜日は夜の営業をしない分、いろいろと創作ができるそうで、ご主人渾身のお蕎麦がいただけるそうです。
その分、何が出るかは当日行ってのお楽しみだそうで、それを聞いて、「うー、土曜日のお昼も行ってみたい!」と絶叫したのは言うまでもありません……。

それとこれまた書き忘れていましたが、一番目の「春鹿」は市場には出せない製品なので、名前がなかったそうです。
それをたまたま飲まれたときに聞いた、平原綾香のお父さんが「じゃあぼくの名前をつけて」ということで、“まこと”と名づけられたそうです。
(平原綾香のお父さんは「平原まこと」というサックス奏者で、親子ともどもよくこのお店にも来られているそうです)
このお酒は日本酒としてのイメージを覆すメチャウマ酒なので、ぜひともご賞味してもらいたいのです!!